03
「哀れよの、ルシファ」
とめどなく、血が滴り落ちる。体がきしみ、眼痛と頭痛がひどい。明らかに魔力の使い過ぎだ。
そりゃそうだ。戦闘開始前から魔力不足だ。まぁとっくに船は出航したことだし、時間稼ぎは成功。及第点だと納得しよう。
「それだけの力がありながら、こうして妾に傷ひとつつけることができんとは。妾にはそなたのように、魔力を見る目はないが…昔のような覇気がないことはわかる。
近づくもの全てを破壊尽くしていたそなたとは思えんな」
「…」
「その世界を飲み込むほどの魔力が全て覇力へと変わり、絶大な力を手にしたときどれだけ快感か…。そなたに教えてやりたいものだ。そなたは抑えて封じ込めて、我慢しすぎる」
「ごちゃごちゃうるせえ」
ぎしっと体の骨にヒビが入る。
ヴァンパイアの能力は血液の操作。己の血液であれば、どうにでもできる。指先から垂れるほどの血でも、俺の体を馬鹿力で締め上げることができるらしい。そんなことをしなくても、逃げる体力はとうにねぇがな。
「まぁ、良い。これでそなたは妾の物だ。誰にも渡しはしない」
「…お前が欲しいのは、俺か?それとも悪魔か?」
「どちらもが混ざったもの。妾はな、そなたに妾のようになってほしいのだよ。
人の弱さをティナの強さで埋め、ティナの脆さを人の意思で保つ。いいとこどりの共存関係だぞ?」
「で。結果的に壊れたか。前よりひどいぞ」
「妾は壊れてはおらん。人間であったのに、人の世を崩そうとしているが、それはティナの総意だ。
ああ、だが少しさみしがりか。妾はそなたが欲しくてたまらぬからの。
…それにしてもなぜこんなにも悲しく冷たくさみしいのだろうか。妾は全てを手に入れることができるのに、欲しくて欲しくてたまらない。欲しいのにこうしてボロボロにしている。なのに嫌ではない。よくわからんの」
「知るかよ」
だから壊れてるって言ってんだ。
ティナに呑まれているのに、人を殺すことより俺を求めて。
人間が残っているのに、ティナに呑まれたことに抵抗がない。
矛盾している。
なにがいいとこどりの共存関係だ。ツギハギだらけのガラクタじゃねぇか。
「この気持ちは妾にもわからんが、それよりもわからんのは、そなただ!」
力と力がぶつかる。俺の腕が砕け、すかさず間合いをつめるヴァンパイア。
迎え撃つつもりが動かない。地面に落ちていた血が背中から手足を貫いた。
「っっっ!!」
「妾はティナとなり、力のままに父と母を殺し、すぐに夜の女王となった。
だがそなたはティナとなって人々に憎まれ疎まれ、それでもなお人への復讐を望まんのか?」
「そんなもの、くだらねぇ!」
「くだらないわけはない。ティナである以上、人への恨みは消えることはない。何故そなたはそれに対して、そこまで頑なに拒むのだ!」
「答える、義理はねぇよ!」
体を縛る血液を破壊し、骨が砕けた拳で思いっきり殴りつける。予定通りに、当たる個所を血液にして逃れたヴァンパイアに破壊の闇を放った。
「本当に、弱くなってしまったのか?そんなものが、本気なのか?」
ザスッ
背中に痛みが走る。息が一瞬止まった。
あー、くそ。魔力がなくなったやつはほんと読みずらい。
「急所ははずしたみたいだが、妾の血で作った剣に貫かれる。その意味、わかるよの?」
ヴァンパイアは容赦なく、自分の血を俺へと注ぐ。体内に凶器が流し込まれるのはわかっても、これを破壊していく余裕がない。ただ痛みにこらえ、致命傷の治療に魔力を回す。
そうでもしないと、くそ、血を流しすぎたか。意識がとぶ。
「弱くなったのは、人間のせいか?あの人間を殺せば、そなたは元のそなたに戻るのか?妾と同じように、生きてくれるのか?」
あの人間。
誰を意味しているのか。朦朧とする意識のなかでもわかった。
「…まだそんなに離れてない」
海を眺めながら、蝙蝠の翼を広げるヴァンパイアを見て、俺は笑った。
体中に這いまわる血に、内臓や骨を潰される音を聞きながら、死にそうだと感じて、死ぬわけにはいかないと思った。
あんなガキとの約束も守れないなんて、そんなことあってたまるか。
というかな、俺は気がみじけぇんだ。さっきから弱いだのなんだの……俺は黙っていられる性質じゃねぇよ。
「…くそが。銀のこともある、から、やめときてやったのに……そこまで、煽ったんだ。後悔すんなよ」
制限を、解く。
ティナの力が、覇力が、体を浸透し、害する吸血鬼の血を破壊する。駆け巡る力が体外へあふれ出し、体が爆発するような激痛が走った。
解放される快感、過ぎた力で壊れる体、俺の意思をも喰われる感覚。
「そなた…ずっと、抑えて、生きて…それが本来の姿なのか」
ルナの赤い目が見開かれている。
「ああ、そうだ」なんて簡単な言葉をいう余裕もない。この破壊衝動に…押しつぶされそうだ。
今すぐに、俺は…。
「く、ククク」
力を放つ。ヴァンパイアは即座に回避し、空を飛んで遠く俺との距離を取った。
追いはしない。そんな面倒なことを何故俺がしなければならない?
「うぐ!?」
空中のヴァンパイアの動きを止め、地面へと叩きつけた。その体は跳ねることもなく地面へと埋まり、飛び出した血の刃は本来の液体に戻って地面を染めた。
「俺が、お前みたいに、なれるわけがない」
頭に鳴り響くのは同族を殺された恨みでもない。独りにされた寂しさでも、怒りでもない。
人間?くだらねぇな。
「神の創りしすべてを破壊する。人もティナも世界そのものも」
目の前のティナに闇を落とす。瞬時に仰け反って避けられるが、それは分かっている。予定通りに魔剣で首を切り裂いた。
赤が散る。 音が鳴る。
今なら見える。お前が何をしようとしているのかも。
まだだ。
体中を血の槍で貫かれるが、そんな痛み、なにも感じない。
俺を殺しにきている悪魔の狂気に比べればどうってことない。
そういえば、さっき背中を串刺しにしてくれたよな?
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」
やっと悲鳴らしい悲鳴が響く。
ティナは体が無駄に頑丈だ。内側を破壊されても、すぐに死ぬことはない。
「はは、ははははは!これが、ルシファーたる力!良い、良いぞ!妾とともに歩く力として、これ以上のものはあるまい!」
爆発的に身体能力をあげたのか、ヴァンパイアは飛びのいて血の刃を放つ。そして、指先から血は固まっていき、ヴァンパイアの爪が足元に届くほどに伸びた。
まるで10の剣が迫るようだが、たかが10本だ。何千何万の殺意の中で生きてきた俺には大した数じゃない。
「楽しもうではないか、闇の帝王よ!ティナとして生きる吸血鬼と人間として生きる悪魔!
夜の支配者として、どちらが勝っているか!確かめようではないか!!」




