05
(アビスシード、か……)
ゼロはイーリスの姿を観察していた。もともとゼロがここに来たのは、イーリスのようなアガド牢獄で産まれた子供の調査のためだったのだ。
正確にはここまでゼロを導いた、銀からの依頼がそれだったのである。
アビスシード。
牢獄と廃棄物の処理場を兼ねるこの場所では、当たり前のように有害物質のなかに身を投じることになる。そこで産まれた子供たちはその混沌の中で産まれ、生きることで常人とは異なる力や姿をもつ、と考えられているのだ。
それが深淵の種、アビスシードと呼ばれるアガドで産まれた子供たちのことである。
(人の姿しててよかったのかもな)
ゼロは人知れず、そう思った。
アビスシードと呼ばれる存在は認知されていても、それは物語の登場人物のような扱いだ。現実的に考えれば、子供がそんな劣悪な環境を生きるのは難しく、そもそも産まれたところで、慈しみ育てるような親はいないに等しい。
なにせそこにいるのは、大罪人だけなのだから。
(実在したみたいだな。一見普通の人間と変わらねぇけど)
「どうしたの?ゼロさん。アガドのことなら何でも聞いていいからね。そういう約束だもん」
「……こっから出たらな」
ゼロはひょいとイーリスを抱え、再び走り始めた。それと同時に壁から煙がもうもうと吹き出る。
「あんま息すんな。毒ガスだ」
「え。ゼロさんは大丈夫なの」
「いいから口閉じてろ」
ゼロは狭い道を駆け抜ける。交差する道を、まるで走り慣れたかのように迷わず突き進んでいく。
毒ガスが充満し、空気に色がついてもそれは変わらなかった。
誰もゼロの進行を妨げることができない。
それがわかったのか、やがて道全体に警戒音が響き渡った。それに続くようにアナウンスが流れる。
『侵入者よ!警告する!大人しく投降せよ!
この先に待機するのは100の兵士と守護者たるティナを司る者だ!
今ならば脱獄者を引き渡すのを条件に不問に処し、外に出してやる!
もう一度言おう!大人しく投降せよ!』
耳を貫くような大音量に顔をしかめるゼロ。
反してイーリスは真っ青な顔をしてガタガタと震えていた。
「あ?なにビビってんだよ」
「だ、だって…ゼロさん、ティナだよ。ティナを知らないの?ティナには、勝てないよ…」
「へぇ?お前、アビスシードのくせにティナは知ってんのか」
「知ってる。滅んだ種族たちの力でしょ?小さい頃、その……ティナ持ちに使われてたから。………って、なに?アビスシードって」
ティナ。
神の涙と言われる力で、かつてはるか昔に起きた種族間で行われた戦争時に滅んだ一族たちの力だ。
人間の残虐な行為に嘆いた神が涙を流し、その涙にそれぞれの種族を代表する長の魂を込めたと言われている。
それを司るものは魔法と人としての姿、そしてその人の何かを失い、代わりに一族たちの逸脱した力を持つ。
ティナの持つ怒りに流されれば、理性さえ失い人類への復讐の化身へと墜ちるとされていた。それはいずれ必ず起こりうるもので、宿した瞬間に起きる可能性さえある。
ティナは得ようとしても手に入らず、不要だと切り捨てようとしても離れることはない。そして、その使い手が死んだとしても、いずれそのティナはどこかで顕現し、新たな宿主を生むのだ。
イーリスはそのティナを持つ者と過ごした。
何のティナだったのかは彼女も知らないが、ティナの特徴である強化された肉体に、子供の彼女は勝つことができず、恐怖だけを永遠と刷り込まれていたのだ。
「で、そいつはどうなったんだ」
「ぶちギレたウラガに殺された」
「……なんだよ。じゃあ怖がることねぇだろ」
「ウラガが勝てたのはアガドじゃ魔力が使えなくて、能力を使えないからだよ。使えてたら、絶対に無理だった。この先にいるのは能力が使えるティナ持ちでしょ?」
「まぁな。じゃ、お前を差し出して、俺は逃げるとするか」
「…………それもイヤ」
「なら、ビビってもしょうがねぇだろ。腹くくれ」
イーリスは頭を抱えて呻く。
外に出られないこと、ゼロを死なせてしまうこと、ティナ持ちへの恐怖。様々な考えや感情が渦巻いていた。
対してゼロに動揺はない。そればかりか、ティナ持ちがいることにうっすらと笑みを浮かべるのだった。
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