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翌日
夜まで暇を持て甘し、やっと牢屋から出られたわたしは最後のパーティーに参加した。
わたしたちの知らないところで色んなことがあったみたいだけど、ゼロさんはいつも通り飄々としている。今も護衛にあるまじき態度で煙草をふかしているところだ。
「こらぁ!ここは禁煙じゃぁああ‼」
「賊が何言ってんだよ」
「ワシが煙草嫌いなの知っとるじゃろ!外か牢屋で吸え!あと今は賊って言うな!」
なぜか今日は熊おじさんも一緒。船はいいのかと聞くのもバカらしい。
「ゼロさんよう、今日発つんか?」
「レイ、だ。公私分けろよ」
「で、今日発つんか?」
司会者が最後のパーティを楽しんで~~と言って拍手拍手。
なんかここの空間だけ切り離されてる感じだ。
「その予定だったけど……目当てがこねぇ」
「目当て?………なんじゃそりゃ」
「こんな美味しいところに食いつかねぇはずないんだけどな」
「だからなんじゃって!」
応える気がどうみてもない。諦めた熊さんは、パーティの料理を漁りに出かけていった。
「………あー、そうだ。イース」
「ふぁい?」
料理を含みながら返事をする。マナー違反だけど、ゼロさんを見てたらもうどうでもよくなっちゃった。
「お前さ、どのくらい呼吸止めてられる?」
「………わかんない」
「じゃ苦しくても暴れないようにできるか?」
「………レイさん、何する気なの」
「この船から降りたときの話。なんか海荒れてるからなぁ」
いや、飛ぶでしょ?もちろん。
「うまくいかなかったときのために。一応」
「なにが!?なにがうまくいかなかったとき!?」
「諸々な」
何がって聞いてるんだよぉおおお!!
「おうおーい」
問答を繰り返してるうちに、両手に串肉ばかりを持ってきた熊おじさんが戻ってきた。上機嫌に肉を頬張っている。串肉、似合いますね。
「これからよ、奴隷ショーが始まるらしいぞ」
串肉を手渡されて受けとるゼロさん。
すごい眉間のシワ。
「どうして奴隷?」
わたしも貰った。
うむ!おいしい!
「金持ちの嗜みだからなぁ、奴隷は。人っていうより物扱いされることが多くてな。金持ちのお遊びにはもってこいなんだと」
金持ちのお遊び。響きが怖すぎる。
もともと貴族が恐ろしいと言われるのも、このお遊びのせいだし、本質は似ているのかもしれない。
「…ということは、今から、その…お遊びが?」
「いやいや。これから始まるのは金持ちアピール大会じゃ。こんな奴隷を買える金があるんだ!すごいじゃろー!ってかんじ」
なるほど。わかりやすい!
「ワシも粋がいいのがおったら拾おうかの」
「船長が参加すんなよ」
「がはは!冗談冗談。そんな金ないしの!」
逃げるように新しい肉を取りに行く熊さん。気だるげに煙草を吸うゼロさんはその奴隷ショーの準備を眺めていた。
「奴隷、嫌いなの?」
「……そういう時期が、俺にもあったからな」
「ゼロさ…レイさんが!?」
暗い目を伏せて、睨むように会場を眺める。
「ガキの頃に。腕を買われてコロシアムに連れていかれた」
重いため息をついて、新しい煙草に火をつける。
昔を思い出しているのか。只でさえ、暗い目がさらに闇帯びている。
「自分から奴隷になったやつにはなんとも思わねぇが、勝手に奴隷にされたやつは悲惨だな。貴族のおもちゃにされるか、裏の人間に爆弾として使われるか、労働力として壊されるか。そんな末路しか残ってねぇんだから」
物として、扱われる。そういうことなのか。
「レイさんは、その時どうしたの?大丈夫だったの?」
「俺?
何戦かはさせられたけど、あん時は荒れてたからなぁ。対戦相手も会場も客も雇い主も、何一つ残さなかったかな」
喉をクックと鳴らして笑ってる。
流石はゼロさん。復讐もばっちり。全然参ってないらしい。
「熊には言うなよ。めんどくせぇから」
「了解」
それにしても、ゼロさんがそんな過去を持ってるとは。あんまり実感はないけど、ゼロさんにも子供時代があって、大変なことが色々あったんだ。
あの奴隷たちのように、見せ物にされたのかもしれない。
そう思うと、着々と進む準備も、後ろで列になってる檻も汚いものにしか見えなかった。
「……あ?」
いつもの不機嫌な、というより驚いたような声。
ゼロさんはすっくと立ち上がり、あんなに嫌そうにしてた奴隷ショーに向かった。わたしも慌てて追いかける。既にショーは始まってるようで、指をたてる大人たちがたくさんいた。
「……」
「……おい」
「いやぁ、ワシもどうしよっかなーって」
そして、始めから見物していた熊おじさんと合流。目線の先には、檻のなかに閉じ込められたえらく騒がしい人がいた。身なりは比較的に綺麗だけど、特徴もない普通の人に思える。
いや、ほんとうるさいな。あの人。がっちゃんがっちゃんと。
「あの人がどうかしたの?」
「あ"ー……どうしたんだろうな。あいつ」
バタバタと動き回る奴隷は、こちらをばちっと見て檻を壊す勢いで猛アピール。がっちゃんがっちゃん音のせいで、司会の人の声も聞こえない。そして、暴れまくった奴隷さんはやっとのことで猿ぐつわを外して、檻を掴んで叫んだ。
「ぜーーーーーー……!!!!!!!!」
その瞬間、奴隷の口に串肉が刺さり、ゼロさんの買い注文は高額で提出された。




