04
赤、橙、黄、青、緑。
それぞれ炎、地、雷、水、風。
魔法はこの5の属性から成り立っている。
人によって持つ色はバラバラで、1つだったり希に複数だったりするという。
昔話では神様が人間へ”創造のため”として渡したらしいけど、結果はこんなかんじで、単純な暴力のために使われていることが多い。
どれだけ体を鍛えても、攻撃力も防御力もある魔法には勝てない。利便性も備えた最強の力だ。
そうシルクはわたしに教えてくれた。
見たことない力の話だったけど、この1日体感してわかった。確かに魔法はすごく強い。
風の魔法を使った速度からは逃げられないし、炎は無条件にダメージを与える。
だけど、この人はもっと強かった。
相手が様々な魔法をぶつけてくるなか、紙一重で避け続け、すれ違い様に一閃を放つ。無手の一撃は相手の首を折り、胸を陥没させ、壁まですっ飛ばしていた。
単体も集団も関係なく、人ひとりを一撃。そして本人は前に前に進む。
もう走ってるだけだ、これ。
そしてわたしはただ運ばれるだけだ。
「魔法は最強じゃなかったのか…」
「あ?」
ぽつりと呟いた独り言に、ゼロさんは走りながら反応する。小さく言ったつもりだったけど聞こえたみたいだ。
「シルクがね、言ってたんだ。魔法は最強って。でも魔法使わず勝っちゃってるから、違ったんだなぁって」
「いや、間違いじゃねぇよ。魔法は最強だ」
走るペースが徐々にゆっくりになっていき、ゼロさんは放り投げるようにしてわたしを下ろした。くるりと回って着地すると、品を見定めるかのような目で見下ろしながら懐に手をいれている。
「"神の恵みたるは至高の力。万物の祖であり源である尊き神の言の葉である"って言われてるくらいだからな」
「……なにそれ」
「聖書の一節。そんなことも知らねぇのか」
ゼロさんが懐から取り出したのは、命よりも高価といわれる煙草。赤い魔石から小さく炎が燃え、特徴的な何とも言えない匂いが漂う。
喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
この人は貴族なのかもしれない。貴族は人を道具のように扱う恐ろしい種類の人間だと聞いたことがある。
「………なんだよ」
だ、ダメだ!
気合いで感情を抑え込む。
「いや!べつに!ただ、説得力ないなぁって思っただけだよ」
「そうか?距離も無視、防御も無視。焼死、凍死、溺死、感電死…。生き物を殺すのに充分すぎる力だろ」
ゼロさんはそう言いながらスタスタと歩き始めた。スピードを合わせるなんて優しいことはしてくれない。わたしは小走りで後を追った。
それよりも煙草の匂いでバレないのだろうか。いや、バレてもいいのか。
「だって、そんな言葉があっても、実際ゼロさんは魔法を使わずに勝ってるもん」
なんとか追い付く。隣に立つと身長差が実感できた。わたしよりも遥かに高い。
「俺の持論だがな」
「うん」
わたしの隣でゼロさんは口の端だけを釣り上げニヤリと笑った。
「圧倒的な暴力は常識すら破壊する」
清々しいほどの宣言にわたしは言葉を失った。それの正しさは道中で証明されていて、否定のしようがない。
なんだこの人。それほど……外の世界の中でも圧倒的だというのか。
「今度はこっちの質問だ」
ゆっくりと煙が漂い、ナイフを思わせる目がすっと下を向く。慣れたからどうも思わないけども、ホントに怖がらせるのが上手な人だなぁ。これが普通なんだろうか。
「お前、ここの出身者か?」
ゼロさんの言葉に対し、わたしは少し間を開けた。そしてゆっくりと頷く。
予想されているとは思ったけど、いざ本当のことを言うとなると少し緊張する。でも助けてもらっている身で隠し事は失礼だ。それに、約束もある。
「そう。わたしはアガド牢獄から、脱獄してきたの」
アガド牢獄。
北の国、アガドルークの巨大な牢獄であり、ゴミの処理場でもある。
牢獄といっても、ここにあるのはゴミを落とす穴があるだけで、ゴミと一緒に落とされた罪人は死ぬまでここで過ごすことになる。
食料の配給もなく、何かが起きても止める看守もいない。ただ永遠に死ぬまで閉じ込めるだけの巨大な地下施設だ。
わたしはそこで生まれた。生まれて過ごして、そして逃げだした。
外の世界が見たかったから、というのもあるが、ここにいたら死ぬのがわかったから、という理由も大きい。
子供が生きるには、ここはどうしても厳しすぎた。
「わたしはね、ゼロさん」
「あ?」
「生きるためだけに生きるのをやめたかったの」
食べ物を死に物狂いで集めて、寝るところを確保して、汚れた体をそのままに泥水をすする毎日。
わたしにとってはそれが当たり前だったから、ウラガやシルクがいる自分が寂しくて不幸だなんて思ったことはない。
でも、ネズミとわたしとの違いはなくて。考えて学んで話もできるのに、変わらなく生きるだけの毎日が嫌だった。
外という自由に溢れた世界で、人間になりたかった。人間を、見てみたかった。
「そのためにウラガもシルクも……犠牲にした」
いつか必ず会うと決めているけど、二人がいないのは悲しい。敵で、大嫌いなオトナと一緒の、犯罪者になったのも嫌だ。
それでも、わたしは変えたかった。
この、現状を。
「それに巻き込んじゃってごめんね、ゼロさん。その、犯罪者でアガド出身だけど……見捨てないでくれると嬉しいです。……あと、黙っててごめんなさい」
恐る恐る、見上げる。アガド牢獄にいる人間がどう思われるか、それは知っていた。
ゴミのなかで生きる、汚くて体も心も穢れた獣で、血筋は必ず犯罪者。軽蔑されたって可笑しくないし、実際に落ちてきたばかりの人にはそうされてきた。
でも、ゼロさんは違った。
「ククク。生きるために生きるのをやめる、か。良いねぇ。面白い」
え。
「な、なんで?そこなの?」
「他になにがあるんだよ」
いや、犯罪者とか、ゴミの中にいたとか色々あるでしょ……。
ゼロさんは喉をならすようにしてクックッと笑い、鋭い目付きがほんの少しだけ柔らかくなった気がした。それに気が緩んだのか、わたしも理由もなく静かに笑った。
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