03
甲高い女の叫び声のような威嚇を響かせ、でかい蜘蛛は突進をしてきた。
ガキを引っ付かんで回避。すれ違い様に剣を薙ぐが、硬い足で弾かれる。まぁ適当な攻撃は通らねぇよな。
蜘蛛はそれから壁から天井まで這い上がり、女の体からうんざりするほどの蜘蛛を吐き出した。
「うわぁああ‼!!」
ガキが悲鳴をあげる。
確かにぞっとするほど気持ち悪い。上から大量の蜘蛛が落ちてくるなんて、悪い景色でしかねぇ。
「なんでそんな呑気なの!」
「当たらねぇから」
翼を大きく広げ、そして空を切り裂く。
小虫どもはゴミのように吹き飛び、床に散らばった。
「あー、くそ。おまえほんと邪魔」
打って出たいとこではあるが、このクソガキのせいで攻めるに攻めれない。目を離した隙に小蜘蛛一匹に噛まれて死なれたりでもしたら、今までの苦労はなんだったんだって話で。
こうなるなら置いとけばよかった。
いや、その間に逃げられたり、襲われたら、それも面倒か。
まぁそれに一応契約したし。命の保証はすると。
「ゼロさん!後ろ!」
こいつがいようがいまいが面倒なのは変わらない。相手はティナの覚醒したヤツだ。
飛び避けた足元では糸が貫き、巨体の体当たりは壁も柱も粉々にした。
「す、すごい威力…」
そ。
これが、堕ちたやつとの決定的な差だ。
あいつの攻撃に当たれば終わり。対してあっちは何度か刃を合わせたが、かすり傷程度か無傷だ。
しかも、魔力という限界もない。ついでに時間制限も。
越えれない肉体の差だ。
さて、どうするか。
「キシャァァァア‼」
考える時間なんかねぇか。
張り巡らされる糸の網をくぐり抜けながら暫し観察。糸は口、足、腹、どっからでも出るのか。
出し続けても勢いが衰えないところをみると、限界はなさそうだ。
結局本体は腹の下なんだから、上から真っ二つにするか貫くかが理想。腹の下には潜り込みたくはねぇし。
まず邪魔な足を落とすか。
「しっかり捕まってろ」
糸の網羅をくぐり抜け、ティナの巨体へ接近する。
鞭のようにしなる糸を避ける。その糸が直撃した場所が爆裂した。破片が飛び散るも無視。邪魔なガキは背負い、両手で剣を握る。
「……おっと‼」
剣を振り上げ、下ろす間際で刃を止める。いや、正確にいえば止めさせられた。空中で止まった剣は細く見えない程の糸に弾かれたのだ。
「ゼロさん!」
その隙に猛進する蜘蛛。
真っ二つにするべく開かれた口は、確かに俺の首を狙っていた。
「ちっ」
背負ったガキを投げ捨て、右腕に魔力を込める。
金属のような黒い爪はそのまま肘まで広がり、その硬質な腕でアラクネの牙を殴りつけた。衝撃波とともに痛烈な音が響く。
拮抗した力。
牙は俺に刺さらず、俺の拳も牙を砕けない。
「腕では、な!」
「ギギ!?」
腕に込めた魔力を放ち、破壊の闇となったソレは吸い込まれるようにアラクネの牙を砕く。防御の無くなった口、もとい頭目掛けて本命の剣を叩き込んだ。
破壊は俺の専売特許。当たって壊せない物は無い。
「つっても、簡単にはいかねぇか……!」
叩き込むはずの剣が止まる。いや、正確にいえば止まったのは体で、振り下ろした腕だ。
あの一瞬でこれだれの糸を操り捕らえるとは、腐っても蜘蛛の女王か。
「ナメルナ‼」
緑の血液を流しながら、その口から毒液を撒き散らす。
おいおい、それは牙から注ぐもんだろ。噴射するとか蛇かよ、お前は。
「お前こそ誰を相手にしてると思ってんだよ」
一度翼を消し、また新たに顕現。糸が絡みついてない翼で毒液を受け止め、身を守るのと同時に巻き付いた糸を切断。
自由になった右手で直ぐさま剣をふるった。
「ギャァァァァ‼」
「叫んでる暇があるか?」
切り飛ばした足はほっといて、牙という防御が無くなった脚に蹴りを放った。
柔らかい頭に脚がめり込み、ぐしゃりとつぶれる音をたてて蜘蛛は吹き飛び、巨大な体を壁にぶつけた。
「ギギ……シュー、シュー‼」
体液を溢しながら唸る蜘蛛。
さっさと止めを、とは思えど体が言うことを聞かない。
「……やるねぇ」
脚に突き刺さったのは糸の槍。
刺さった箇所から枝分かれし蜘蛛の巣のように足に広がっている。冗談じゃなく、少しも動かねぇ。
で、そこでくるのが雑兵の蜘蛛ども。さっきの小蜘蛛とは違い、膝下ほどあるでかいヤツだ。アラクネを見ているから小さく見えるが、まぁ間違いなく異常な個体だろう。体、紫だし。
「ゼロさん!」
どこぞに放り投げたガキの声が響く。
振り向くと渡してやった拳銃を投げてきていた。
なるほど。
確かに中蜘蛛くらいならソレでよさそうだ。
俺はそれを受け取った瞬間に全弾連射し、周りの蜘蛛を蹴散らす。狙うは虫でいうところの胸。頭と腹を繋げる部分だ。あそこが一番細くて撃てば体が別れる。あんなんでも確実に殺せるはずだ。
それでも蜘蛛の数は多く、視界が蜘蛛とそいつらの死体で埋め尽くされていった。
横目でガキの姿を確認すると、両手でしっかりと銃を握り、一発ずつ確実に命中させているようだ。銃なんざ扱ったことねぇだろうし、ガキがあの反動に耐えれるわけねぇんだけど、なんとか使えてるらしい。正直、無闇やたらと撃ちまくらねぇのはかる。
ん?ちょっとまてよ。あのデカブツどこいった。音も気配もない。
「っっつ!」
その時、突然足を貫いた糸が変化する。
伸縮性のあったゴムのような糸は急に硬質化し、肉まで食い込み切り裂いた。足の骨と糸がせめぎあう嫌な音が体内から響く。さっきから破壊しても破壊しても広がる邪魔くさい糸だったが、今は鉄線が体を這っているようだ。
「ゼロさん!大丈夫!?」
駆け寄ってくるガキ、激痛の走る足、飛び込んでくる蜘蛛、張り巡らされた蜘蛛の巣。
あー、これは
だめだな
瞬時に予測と理解を終え、俺は動く。
そして、爆音をたてて視界は霞んでいった。




