02
食事が終わり、夜の町を歩き、派手な女の人に声をかけられたりしながら前の町での戦利品を換金した。お金はたった金50。ゼロさんへの依頼料を考えると、まだまだまだ足りない。
「よし、その金で飲みなおすか」
勘弁してください。というか、まだ飲むの!?仕事前でしょ!
「ゼロさん、お酒好きなんだね」
「まったく酔えねぇけどな」
ゼロさんに通用する強さの酒なんて存在しないと思う。
「じゃあ何が好きなの?」
「風味、コク、刺激に舌触り。飲み物の癖に味の幅が広いし、種類もある。作れたら面白かったろうな」
ゼロさんは悪魔のティナの破壊の性質から作ることがほぼ一切できないらしい。
悔しそうに顔をしかめるゼロさん。外はすっかり暗くなり調子もよさそうだ。
「食べるのも好き?」
「まぁそうだな」
「わたしね、料理できるようになりたいんだ。作るの大好きだから」
「いいんじゃねぇの?俺を唸らせるくらいになれば、どこでもやってけるだろうよ」
「うん!頑張る!」
といっても、教えてくれる人も本とかもないんだけどね!
こんな他愛もない話をしながらだけど、実は既に屋敷前だったりする。
どうやって入るんだろうと首を傾げていたら、さも当たり前のようにわたしを抱え、高速で空を飛ぶ。そして、すぐに急降下。
気づけばわたし、屋根の上。
「う、うぇっぷ……」
「吐くなよ、絶対」
なにか合図をくださいよ。あったら大丈夫だったかどうかは自信ないけど、やっぱり覚悟したいよ!
うぅ、気持ちわふ……。
「死んでんなら置いてくぞ」
「いや、いきてま……連れてって…」
それからどうなったのかは不明。
目をつぶってたら、もうグラングランして、なんとか耐えるので精一杯だ。
わかってるけど、人を運んでるっていう遠慮がないよね、ゼロさん。
「ここでちょっと待ってろ」
気づけば扉の前。大きくて部厚い木の扉だ。
木はとても高価なものだ。やっぱり神と称えているものが木だから、材料として使っていいのは倒れてしまった木だけならしい。新しく切るのは原則禁止なのだという。
ということで、やっぱりこの家はお金持ち。
そのお高い扉に入っていったゼロさん。でも、なぜかすぐに戻ってきた。
「どうしたの?」
「道理でなぁ……。あーあ、めんどくせぇ」
返事なし。
いつものめんどくさがり病だ。
ということで、自分で確かめることにする。お高い扉は押すだけで簡単に開いた。
「あんまり気分のいいもんじゃねぇぞ」
扉の先は、真っ白だった。
床も天井も壁も、一面真っ白。
これだけなら綺麗だ、で終わった光景だけど、その天井からぶら下がっているものが問題だ。
それは、人の頭、手足、胴体、臓器。
血の滴ることがなくなったそれらは、糸に巻かれてぶらりぶらりと揺れていたのだ。
叫ぶとこだった。
叫ばなかったのは声がでなかっただけで、全身には震えと寒気が走っている。
「おい」
ゼロさんが、腕のベルトをとく。それをわたしの左手とゼロさんの右手に巻き付け、しっかりと固定する。それから懐からぽんっと何かを放った。
「使い方はわかるな」
拳銃だ。銀色の方の。黒の方は無理やり腰に差し込まれた。
「相手はどうみても蜘蛛だ。まず正面からくることはねぇし、音も気配もないと思っていい。銃は護身用な。暴発すんなよ。俺の魔力が銃弾だから、それ限りだ」
「ねぇ、これって……」
「あぁ。ティナが堕ちた。めんどくせぇことに」
ゼロさんの能力が解放される。目は深紅へと変わり、細身の魔剣が召喚された。
「道理で魔力が見えねぇわけだ。めんどくせぇなぁ」
「魔力が見えない?」
「死体にはないだろ?堕ちたティナ持ちも魔力はねぇからな」
「ティナって、堕ちると魔力を失うの?」
これははじめて知りました。さっきも言ってなかったもんね。
「正確にいえば書き換えられる。魔力が全部覇力っていうティナの力に変わる。
だから呑まれるっていわれんだよ。さっきの店の話でいえば、氷から滲んだ酒に全部変わるってのが正しい」
通路の角を曲がる。そこも真っ白で、繭がいくつもぶら下がっていた。
中に何が入ってるのか、何も入っていないのか。うぅ、確かめるのも怖い。
「なんつーかな。呪いが溜め込まれてくって言えばわかりやすいか」
無造作に剣を繭に突き刺すゼロさん。ギィっと声がして、繭のなかは緑色の体液で満たされる。
な、何です?それ……。
「魔力という精神を司る魔力がティナの意思である覇力になっていくことで、自我が消えてティナに乗っ取られる。だから魔力がなくなるし、俺にも見えねぇ」
「ゼロさんも覇力があるってことだよね」
「ああ。無くなるもんじゃねぇし、ティナを持った瞬間に魔力の何割かは覇力になる」
恐ろしいほどに静かな通路に足音と、剣が突き刺さる音だけが響く。端から見ると悠々と歩く姿は、広い屋敷を探検しているように見えるかもしれない。クモの巣とか、血とか、死体とか、なかったらの話だけど。
「力使いすぎて魔力がなくなったら覇力が増えて、ゼロさんでも堕ちるってこと?」
「力使いすぎても魔力はなくなりはしねぇよ。
どれだけ力を使おうが、消費するのは魔力と覇力両方。だから力使って減るのも両方なんだ。
覇力と魔力の性質は一緒だと考えていいが、覇力は毒みたいに魔力を蝕んで変化させていく。俺は…少し魔力と覇力を別に扱ってるが、他はそうじゃねぇよ。
そもそも能力を使いすぎて魔力を無くすっていうのが本来不可能。考えるのも動くのも魔力があってこそだし、限界を越えたら意識飛ばすのが先だろうよ」
「………ゼロさんなら、できなくもない?」
「さぁ、どうかな」
ちなみに、魔力が空になったら植物人間状態になると考えられているらしい。
氷がとけてお酒の混ざった水になる。力を使うときに消費するのはあくまでこの水だから最大値は変わらない。ただ、これが時間経過とか力を使ったりすることで、だんだんとお酒に変わっていくのだとゼロさんは言った。
つまりは、100入る核に100の魔力だったのが、ティナを受けて80魔力20覇力になって、力を使ったり時間が経ったり心理状態だったりと、いろんな理由でこの割合が変わっていくという事か。
んー。
ややこしいけど理解した!
「つーことで、手当たり次第探すしかねぇな。魔力が無かろうが気配も殺気もある。見つからねぇこともねぇだろ」
ニヤリと笑ったゼロさんは煙草をふかしながら、威嚇するように蜘蛛の糸を切り裂きながら進む。
魔力が見えないこと。ちょっと心配したけど、そうでもないみたい。
まぁですよね。目が見えなくなる訳じゃないんだし。
「ティナを手に入れたら、暴走して死んだりするのも覇力のせい?力を使うものとしては一緒だけど、覇力は精神力とは違うってことだよね?」
「あぁ。力としては同じでも、魔力は人としての意識、覇力はティナの意識と捉えていい。
簡単にいえばアレルギー反応と同じだ。急に与えられた力に体が耐えられずに死ぬか、なんとか魔力……というか精神力で抑えられたら晴れてめでたくティナ持ち。その反動で人の何かを失って、その時無事でも何かの拍子で呑まれれば、こうなる」
ゼロさんは剣先でクモの巣を差しながら言った。
神様よ、急にそんな死ぬほどの試練をさせるなんて、やっぱりあなたは悪いやつです。
「………飽きた」
一階までの見回りが終わり玄関に立ったとき、ふとゼロさんは呟いた。半目で扉をにらみながら、まずそうに煙草を吸う様子は、うん、誰が見てもめんどくさそう。
確かに部屋の一室ずつ見てまわって結果が見つからないままだから、気持ちはわからなくもないけども。
「おい、蜘蛛!」
ガンっと床に剣を刺したゼロさんはその背中に真っ黒な翼を広げた。それに応じるかのように、まわりでは闇がぐるぐると渦巻きだす。
あ、あれれ?
ほら、手が繋がってるからね?ちょっと怖いんですけども!
「騒ぎにしたくなかったら出てこい!5秒以内に出てこなかったら屋敷ごと破壊してやる!」
な、なんですとーー!?
「ゼロさん!それじゃ外の人にバレちゃうよ!」
「当たり前だろ。いいんだよ、見つかっても。数人軍人が来るくらいだろ。また戻って探しなおす方が面倒」
「いやいやいや!周りの人たちとかさ!生き残ってる人たちとかさ!巻き込まれたら大変じゃん!」
「運がねぇ奴等だな」
それで済ますのか!
「まぁ相手に知性は多少あるみたいだし出てくるだろ。騒ぎにしたら軍やら兵士やらのせいでティナ堕ちしてる自分の方が死ぬ確率が高いのは馬鹿でもわかる。ごーー……」
あ、止める気はないのね。
「よーー……ほら、出てきた」
一瞬目を疑った。壁とか、床とか。モリモリッて動いた気がしたんだ。
もう一度しっかり目を閉じて、ばっと開ける。
「くっそ気持ち悪ぃな」
「ひっ……」
壁、床、ついでに天井。
蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛!
あたり一面蜘蛛だらけ。
「叫ぶなよ」
叫ぶところでした。
一斉に躍りかかってきた蜘蛛たちを、ゼロさんは渦巻いていた闇でバラバラと破壊。次々とくる数の暴力に、これまためんどくさそうに床を離れ、空中から八方に闇を放った。粉々になり体液を撒き散らせる蜘蛛たちだが、暴力は止まらない。
「捕まってろ。絶対噛まれんなよ。なんの毒を持ってるかわかったもんじゃねぇ」
無言で必死に首を振った。こんなのに一回でも噛まれたら群がられて食い殺される。
「キリがねぇなぁ」
蜘蛛は限りなく攻め立てる。
ゼロさんの闇は数百の蜘蛛を一瞬で倒しているが、あっちには限りがなく、ゼロさんには力の消費という限界がある。もちろんそんなことは百も承知と、ゼロさんは剣で凪ぎはらって応戦した。
でも、ゼロさんはめんどくさがりなのだ。
取り出したのは赤い石。何をする気かすぐにわかった。
「ゼロさん!家が燃えちゃう!」
「知るか!」
煙草に火をつけるための石は床に叩きつけられて砕け、爆発したような真っ赤な炎が蜘蛛たちを飲み込んだ。クモの巣だらけだった部屋や通路は舐めるように赤色に染まっていき、驚くほど一瞬で辺りは火の海と化す。
「あーあ。良い石だったのによ」
「もうなにも言いません」
きっと石よりも高い家だったよ、ここ。それに火のなかにいるのはわたしたちもいっしょだからね?危ないんだからね?
「まぁ火事で持ち主ごと燃えたってことでいいか。依頼どおりティナについて周りに知られたわけでないし、あとはティナの死体処理だけ…………っ‼」
「ゼロさん‼」
音もなく貫かれた肩。顔の近くでゼロさんの血が散る。そのままだったらわたしの額も貫いていた位置だったが、一瞬でずらしてくれたのだ。
「漸くおでましか」
貫かれたことなんか無かったかのように、ゼロさんは貫かれた方向にナイフを放った。目にもとまらない速度でとんだそれはキンっと軽い音をたてる。弾かれてしまったようだ。
その間に体を貫いた糸の塊を破壊し、ゼロさんは剣を抜いて、わたしとをつなぐベルトを切り、敵に向き直った。
敵の姿は、巨大な蜘蛛。
三メートルはあるのではなかろうか、巨大な牙に爪をもった巨体の真ん中には裸の女の人が乗っている。いや、というか、下半身が同化していた。
チリチリと広がった髪はもぞもぞと蠢いていて、あの髪には蜘蛛が無数にいるのだろう。よく見たら髪だけじゃない……あの人間事態が蜘蛛と糸の集合体?うぇぇぇ!!!?
「我ハ、女郎蜘蛛」
巨体が立ち上がり、鋭い爪を振りかざすティナ持ち。その爪を振り下ろすだけで頭から真っ二つに切り裂かれるだろう。牙なんて毒々しい緑色だ。こんなのが持ってる毒なんて考えたくもない。
「急に堕ちた奴はああなるんだ。ただの養分にされたみたいだろ」
何も気にしてない様子のゼロさんが顎で刺した先には、子供の遺体があった。ちょうど蜘蛛のお腹の下辺りにぶら下がっている。
養分にされたという言葉がしっくりくるくらい、体は干からびて、人であったとは思えない。
「…せめて弔ってあげたいな」
「あ?正確にはまだ死んでねぇよ、あれ」
「嘘!?あんなミイラみたいになってるのに!?」
「体も動かないし意識もない抜け殻だけど、一応呼吸もしてるし心臓も動いてる」
「…生きてるともいえないよね」
「考え方は人それぞれだろうがな。まぁそこが弱点だ。堕ちようがティナの所有者が本体だからな」
なるほど。弱点は本体。覚えとこう。
「今、俺が呑まれたとしたら、結果どんな姿になろうが俺の心臓を止めれば解決ってことだ」
「………冗談でもやめてよ」
「可能性がないわけじゃねぇだろ?ま、俺が堕ちても姿のベースはそのままだろうけどな」
その間にもゼロさんは注意深く敵を観察する。赤い目はナイフのように鋭く、口元はニヤリと悪魔の笑みをたたえ、禍々しい剣は肩に担がれ、とんとんとリズムを刻む。
そして、敵であるアラクネのティナは大量の糸を張り巡らせ、重みのある糸の塊で火を消していた。
準備は、整った。
「我ハ。アラクネ。ヒト族に。復讐ヲ」
「くだらねぇ思念の塊が。失せろ」
ゼロさんの剣が走り、アラクネの巨体が跳ねる。
戦いが始まったのだ。




