01
到着した街は、すごく大きかった。
広々して、たくさんの建物と人がいて、いろんな音や色があった。
楽器が鳴って、話し声がして、良い香りがして。
そんな街でわたしは……
「あわわわわ……」
びびってた。
「真っ直ぐ歩け、クソガキ。おい、くっつくな!」
到着したのは夕方で、日に晒されたゼロさんの機嫌は悪い。
背中に隠れようとしても離れられて、手を繋ごうとしても振り払われて、ならば走り去ろうとしても首根っこを捕まれる。逃れるすべがない。
え?何が怖いのかって?
人だよ!人!ここはオトナだらけだ!
「いい加減慣れろ。ここはアガドみたいな連中はいねぇよ。お前が刃物を振り回そうものなら飛んで逃げる弱い連中だ」
「な、なんでそんなことが言えるの?わかんないじゃん、そんなの」
「経験談」
お、おおぅ…
「堂々としろ。あまり目立ちたくねぇ」
「で、ですよ、ね」
ゼロさんの首には多額の賞金がついている。
でも、世界中に手配されて知られているのは、悪魔の翼に赤い目をしたゼロさん。だから、こうやって町を歩いても早々バレないらしい。
手配された絵の顔つきでバレてしまうこともないとはいえないし、軍や兵士だったらノーマルのゼロさんを知ってる可能性もあるから、多少気をつける必要はあるみたいだけど。
ちなみにその手配書の絵を見せてもらったけど、翼と目が強調され過ぎてるし顔も闇のせいでよくわからなかった。よくわからないけど、口の端をつりあげて嗤う顔は…ゼロさんらしくとても怖かったです、はい。
何故ゼロさんが姿を変えることができることが知れ渡っていないのかというと、それは軍が内緒にしたからだそうだ。
もしもティナ持ちが、ティナ持ちであることを完璧に隠せる、なーんてことが知れ渡ったらいろいろと大変らしい。
魔力を封じても、片手で人の骨を折ることができるのがティナ持ちだから、そんな人が一般人に紛れるなんて危険極まりない……ということだ。
それにティナ持ちはその危険性から大体は軍の管理下に置かれる。見た目を隠されることでそれができなくなるのも困るんだろう。
管理の問題はともかく、一般人に紛れると危険だなんて、そんなの凶器を持ってる人間全員にいえるじゃん!と思うけど。加えて言うなら姿変えれるのはゼロさんくらいなものらしいのに。
「ここだな」
ゼロさんはピタリと足を止めた。
目の前にはおっきな柵、その先におっきな家。
知ってる。お屋敷ってやつだ。
「ゼロさんへの依頼者って貴族?」
「金持ってたら全員貴族なわけじゃねぇよ。ここは只の金持ちの家」
場所だけ確認すると、またスタスタと通りすぎてく。
慌てて追いかけて隣に並んだ。
「夜になったら入る。お前を置いていきたいのは山々なんだが、そうもいかねぇし。邪魔だけはすんなよ」
「邪魔したくなるようなことはしないでね」
「………」
ふふーん。
そんなに睨んだって負けないんだからね!
いたた!首根っこやめてー!
「それまでに飯だ。さっさとその針金みたいな体をなんとかしろ」
「よ、よし!いっぱい食べる!」
連れていってもらえたのは騒がしい酒場。
右にもオトナ、左にもオトナ、どこもかしこもオトナだらけだ。しかも理性をとばすと有名な酒をのむオトナたちだ。
怖いとは思えど前に座るゼロさんより強い人はいない。なにせ全人類のなかでも強い方にはいるんだから(たぶん)
そう思うと少し怖くはなくなった。怖くなくなれば、食欲に任せるだけ!
「おいしい!」
並ぶ料理はやっぱり色とりどり。ジルおじさんのとこで食べたものよりも味は濃くて、ちょっと単調ではあるけど、それでも十分なくらい美味しい。
なにより肉が!肉がすごい!
「そうか?」
「うん!」
ゼロさんはといえば、ほとんどお酒。飲んでばかりだ。時々料理をつまむくらいで煙草と酒との体に悪い組み合わせを楽しんでいる。体に悪いといっても…ゼロさんには関係ないだろうけど。
「あのお屋敷でなにするの?」
パリッパリッと軽いお肉を齧る。
肉のおせんべい?なんと贅沢な……。
「あそこでティナを持ったらしい。それの処理」
「それは聞いた」
「それだけ」
むぅ。
誰がなったとか、どうするつもりなのかとか教えてくれないんだな。
むぅ………!!
「……ティナ持ちの行く道は大抵3つだ」
大きくため息をついて、ゼロさんはグラスを傾ける。
「1つは隠れて生きる。ずっと誰にも会わないような山奥とかにな。
次に軍人や兵士になる。どんなティナでも基礎値が普通の人間とは違うから使い道はいくらでもある。これが一番多いだろうな」
「力を便利に使うってこと?」
「そ。隠れられるより何かに有効活用した方が得だからな。あとは情報が少ないティナについて研究するためでもある」
ということは、ゼロさんは喉から手が出るほど欲しい人材なんだろう。
こんだけ強くて珍しい悪魔のティナだもん。
「最後はその力を活かして罪人になること。
ティナは人を殺したがるから、それに持っていかれたやつはそうなる。まぁティナ持ちは大抵化け物扱いされるから、環境がそうさせることも否定はできない」
「そ、その3つか……」
つまりは大きく分けると、隠れて生きるか戦って生きるかのどちらかで、どれも自由とはいえないのか。
「まぁどれを選んでも遅かれ早かれティナに呑まれる。いつかは、理性を失ったモンスターとして討伐される運命だ」
「さ、惨々だね…」
どの選択も幸せな人生ってかんじはしないや。
「ティナを司ることは大抵のやつらにとっては最悪な出来事だからな。回避できないだけなおさら。教会では神からの恵みとか言いやがるが、実際の末路を考えると呪いでしかねぇ。で、依頼が発生するわけだ」
「どんな依頼なの?」
「大抵は殺してくれ、だな。何かを殺す側になる前に。自分じゃなくなる前に。身内にモンスターがでないように。ティナ堕ちの恐怖から。ま、理由は様々だな」
「………じゃあ、その人は死ぬためにゼロさんに依頼したの?」
「処分のために、だ。今回の依頼者はティナ持ちの親だからな。身内からそんな犯罪者か怪物が出る前に処理したかったんだろ」
ゼロさんの破壊は、あらゆる物を破壊する。命も、物も、そしてティナもだ。
アガドのケルベロスを殺した技、あれがそうなのだという。あの破壊を行えば、そのティナは二度とこの世に現れなくなる。
ゼロさんの旅の目的のひとつがそれ。ティナ持ちを破壊すること。
敵として目の前に立つ前に処分したい、なのだそうだ。
本当のところは、わからないけど。
「ティナに呑まれるって…どういうことなの?」
「あ?」
「ゼロさんにも起きるんでしょ?いつかは…」
「あー……」
ゼロさんは大きく息をついた。顔にありありと面倒だと現れる。それでもじっと待ってると観念したのか、新しく飲み物や食べ物を注文した。
「一から説明してやる。どこまで知っててどこまで正確なのかわかったもんじゃねぇし」
「あ、ありがとう!」
「まずは魔力について。人間は必ず魔力を持っている。それの元はマナ。ここまでわかるな」
…ハイペースの予感。
「わ、わかる。あの神の木が魔力の元で、マナっていうんでしょ?ジルおじさんが言ってた」
「そ。食べ物だとか空気だとか飲み物だとか、この自然界のものから人間はマナを得て、それが核で魔力になる。今回お前が破裂しかけたのはそれだ」
「ふむふむ」
「無限に仕入れられるマナから変換された魔力を循環させるためには、その核に穴が空いてないと不可能。お前はその穴がなかったから死にかけた。体が爆発しかけたって考えればわかりやすいか?」
「魔力ってありすぎると爆発するの!?」
「一応エネルギーだからな。
人間が体を動かす力が体力なら、思考するのが魔力だ。魔法が使えなかった頃の人間にも、魔力は体内に思考して生きるのに必要なだけはあったんだが、外から得られるようになってそれを魔法というエネルギーに変換したんだと、俺は思う」
ま、証明はされてないけどな。とゼロさんは続けた。
なるほど。確かに考えるのにも力を使うというのはわかる。体を動かしてもないのに、考えたり勉強したりすると、疲れるし、なんなら頭が痛くなる。
だから動物には魔法が使えないのか。考える力が弱いから。
「ちなみに魔物っていう魔力を得た動物もいるが、あれは特例だから存在だけ知っとけ」
え!?
……いいや今は名前だけ覚えとこ。
「ゼロさんとかジルおじさんとか。魔力が見えるってどういうことなの?」
「そのまんまの意味。魔法を放つだとか、手足を動かすだとか、そういうのが見える。意思があることで魔力が流れるからな。ジジイはそこまで見えないらしいけど」
「ゼロさんのティナの能力?」
「これは個人差。生まれ持ってのものだ。俺の見える目も操れる力もな」
うむ。これで一つ理解した。
ゼロさんとじゃんけんは絶対にしない。これ絶対。
考えもわかる、動きもわかるじゃ勝ち目なんてない!
「で。ティナについて、だ」
ゼロさんはグラスに入った酒に氷をいれた。
「こんな状態」
どんな状態?
「体に満ちた魔力、ここでは精神っていおうか。そこに異物が突然混入した」
グラスからは氷が入ったせいでお酒が溢れて零れてしまっている。
魔力、精神、心が。
「その異物は、人を殺せだとか憎いだとかガタガタと宣う異物だ。暴れて、暴れて…」
ゼロさんはぐるぐるとグラスを回す。氷がそれにあわせて回り、お酒は更に零れていく。
「精神はすり減る」
残ったお酒はわずかだった。氷を支えられるとは思えないくらいに。
「これに耐えられなければティナ堕ち。耐えられる方が稀だからティナ持ちはティナを受けた瞬間に死ぬことが多い。
その時耐えたとしても異物はそのままだ。この先もここまで精神が減ってんのに、異物の存在に耐えられる精神力があるかどうか…」
残った酒を飲み干し、静かにこぼれた酒を破壊する。
氷だけが入ったグラス。
きっとこれがティナ堕ちということなんだろう。
精神がすり減って、無くなって、残ったのはティナだけ。だから暴走する。
「ティナを受けて、耐えたやつはこう」
ゼロさんは再び氷の入ったグラスにお酒を注いだ。今度はなみなみいっぱいで、氷はお酒に包まれている。
「この状態なら直ぐに呑み込まれたりはしない。精神力がここまであって安定しているからな。だが、力を使えばこの精神力は減るし、それこそ精神的な安定を失っても減る。いつさっきのグラスになるかはわからない」
だから、ティナ持ちはいつ堕ちてもおかしくない。ゼロさんはそう言ってまたお酒を飲み干した。
「ゼロさんもなの?」
「ああ。どれだけ魔力が高かろうが、いつ何が起きるかわかんねぇ」
ただ、とゼロさんは続ける。
「俺の場合は魔力量が人並みを軽く超えてる。加えて魔力操作も得意だし、並大抵のことじゃ感情も揺らがねぇから、突発的に堕ちる気はしねぇな」
「それでも、わからないんだよね?」
「まぁな。俺の場合は一つの技を使うにしろ消費が激しいし、立場上おとなしく引き籠ってもられない。
可能性としては戦闘中に魔力切れで堕ちるか、肉体的に死にかけることでティナが暴走して歯止めが利かなくなるか、体だけティナ堕ちが進んでそのまま堕ちるか。そんなとこだろうな」
あっという間にお酒を飲み干したゼロさんは、続いて煙草に火をつける。
わたしもぱさぱさのお肉をかみ、水で流し込んだ。
「……どうして絶対にティナに呑まれちゃうの?」
精神的に安定していれば、魔力を使わなければ、使ったとしても回復すればいい。氷が安定していればいいなら、山の中でゆっくり過ごせばいいだけだ。
なんで、"絶対"なんだろう。
「ま、そうなるよな」
予期していたかのようにグラスに注がれる水。それには氷もなかった。
「ティナを得たら、まずこの中に氷が落ちる」
氷を、落とす。さっき飲んでいた琥珀色のお酒を含んだ氷だ。水がしぶきをあげて飛ぶ。
「さっきは省いたが、本来ならここで人としての姿が変わるから、こうなると」
ゼロさんはグラスの中身を深皿に広げた。まだ、水も氷もある。
「体が変わって、異物が混ざって、人としての何かを失う。それに耐えることができても、氷が消えることはねぇし、ゆっくりと溶けていく」
じわじわと、琥珀色の氷は水に滲んでいった。
「魔力が、精神が飲み込まれていく。力を使おうが使うまいが関係なく、少しずつティナに呑まれて消えていく。精神も肉体も。
だからティナ持ちはいつか堕ちる。必ずな」
それが最後の言葉。
残った深皿の水は、かすかにお酒の臭いを漂わせていた。
遅くなりました!
またよろしくお願いします




