06
堕ちた、と思った。
そこにいるゼロは……、目下にいるゼロは、全身から無造作に闇を広げ、 雪も台地も破壊し、空気まで真っ黒に染めていた。
濃紫の眼は紅に輝き、その赤も闇の中に埋まっている。 翼は大きく広がり、まるでドラゴンのそれのようだ。
噴き出した闇をゼロは纏い、縛り付けるかのような呪いの模様が全身に広がっている。
生きていてよかったと思う余裕さえない。 飛空艇から身を乗り出すも、部下たちが全力をあげて止めに来る。
「ジルさん!あれは無理ですって!」
「うるせぇ!邪魔すんな!!」
雷が落ちるように闇が落ち、その場にあったものが消える。 中心のゼロは苦悶の表情で、むき出しになった牙をぎりぎりと噛みしめていた。
そうだ。まだ、あいつは耐えている。 堪えている。
そうでなかったらあんな顔をしているわけがない。
あいつは、まだあいつだ。
「行ったところでなんになるんです!」
部下は悲痛な声で叫ぶ。
そう。それは分かっていた。 己が行ったところで、破壊対象が増えるだけで救いにはならない。
「報告しましょう。 闇の帝王は生きていたけど堕ちた! 死ぬのは時間の問題です! 自分たちが行ったところで屍さえ残りませんよ!」
部下の意見は正しい。 頭ではわかる。 それでも向かいたい衝動を抑えることができない。
なにせ、あいつなんだ。
ずっと追って、戦って、約束をかわしたやつなんだ。 絶対にここで終わるような奴じゃない。
ー軍人。自分、殺せ。死ぬ。前ー
舌打ちが響く。
「お前らは旋回して、現状について説明しろ! ただ堕ちたとはいうなよ!
それは早計だし証拠すらねぇ。 情報を間違えて伝えんなよ!」
「こ、これで堕ちてないなんで・・。 魔力の見れない自分たちですらビシビシ感じますよ!?」
「馬鹿野郎! ティナ堕ちしたと決まるのはそいつの死体を見たときか、朽ちた時を確認したときだけだろうが!いいな。 絶対だぞ!」
「隊長はどうするんです?」
「己はその死体を確認しねぇといけねぇから残る。 死ななかったら死ななかったと報告する。ほら、さっさと行け!」
部下の静止を振り切って飛空艇から飛び降りる。
魔法で落下の衝撃を和らげ、己は巨大な闇に向き直った。
迷うように飛空挺が空を旋回しているが、雷を飛ばして下がらせると、やがてゆっくりとその場を離れた。
さぁ、どうするよ。 巳。
暴走状態にある悪魔のティナを相手にできるほど、 己 (オレ)は強くはない。 しかも最強の盾でも特攻隊でもある不死者のティナ持ち、シュウも今日はいない。 不用意に近づくこともできなければ、やみくもに攻撃したりもできない。
なにせ、すごい力だ。
見る目を持たない部下たちでさえガクガクと震えるほどの代物なんだから。 こいつのどこにそんな力が蓄えられてたんだよと突っ込みたくなる。
「…………でも、まぁ、お前だもんなぁ」
お前は強い。 己が知る限りで誰よりも強い。
当たり前に能力もそうだが、 何より精神力が人並み外れてる。 どんなに脅そうが、追い掛け回そうが、絶対にお前は諦めないし屈しなかった。 それが子供の時からだもんな。 ほんと、ありえねぇよ。
だから、負けんなよ。
ティナなんかに負けんな。 死んだりなんかすんな。 ここであきらめるほど、お前の目的は軽くねぇだろ。
「戻ってこいよ!ゼロ!!」
己 (オレ)は闇に向かって叫んだ。
軍人の己が罪人に何を言ってんだって話だが、それでも叫んだ。
すると、闇が晴れた。
「………..は?」
「は?じゃねぇよ」
そして当然のように目の前で煙草を吸っているこいつ。 目は赤いままだし、右腕には模様があるけど、正真正銘ゼロだ。
「なんだ? ぼけたかよ、ジジイ」
嫌になるくらい、ゼロだ。
「だっ、おま・・・あれ・・・、 あれさぁ!!」
「ん。 幻覚」
「幻覚!?」
「ちょっと現実混じりだけどな」
「…..…..はぁ!?お前そんなことできるのかよ!」
「いや、無理。 俺はそいつにとっての最悪を見せて、個人個人を精神破壊させるだけしかできねぇんだけど」
そこでゼロはくいっと顎で指す。 するとそこには金色に輝く尾を持った女がいた。
ああ、見覚えがある。 くっそ美人な女だ。
「狐、助かった」
「助かったなら名前で呼んでよね、そろそろ」
リオと名乗った九尾のティナ持ちはどこか恥ずかしそうに笑っていた。