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「お前は、時と、場合を、選べねぇのか?あ?」
「すすっすす、すまぬ!なにせ、 そのお。 ルシファの首筋が妙に誘ってあるようで…。 それに血ももったいなかろう?
それよりさささ、さっきのドキドキしたぞ! 妾にもしてくれ!」
「この貧血はお前のせいか!責任とって死ね!!」
「んぎゃああああああ!!!」
気づかなかったわたしも悪いんだろうけど、いつの間にかルナが来ていたらしく、そしていつの間に かゼロさんの血を吸ったらしい。 吸血鬼らしく。
ただでさえ貧血気味で、力も使ったゼロさんから吸うとか、わたしから見ても鬼畜の所業である。
「で、でもがあのカリタとか言うやつはとってやったのだぞ!」
「あ?」
「吸いだしたのだぞ!」
「お前にそんな性能あるか馬鹿野郎が!」
「あるんじゃもん! 血以外いらぬからフィルター機能がついてあって…」
「だからなんだ黙って死ね!!!」
「んぎゃあああああああああ!!!」
とのこと。 ほんとかどうかはわからないけど、今のゼロさんを見てたらあながち嘘じゃないかもしれない。 ルナ をぶん殴るためだけに腕治しちゃったし。
というか、 さっきのだよ。 なにさっきの!???
心臓とくとくする!
首首が!!!息とか!!!舐めるとか!!!
「悪かったな。 イリス。 こいつ殺すからそれで許せ」
「いいいいい~~りすうううう!!助けてえええええ」
「きちんとバラバラにした後に胸に杭打って、 太陽に晒して殺してやる」
「いやじゃああああああああああああ!!」
「……いや、もういいから。 ゼロさんも安静にして…」
どっと疲れた。
もういい。 忘れよう、うん。
ゼロさんも可哀想だから、煙草くらい許してあげよう。 貧血はルナのせいなんだし。
というかさ。 言わないけどさ。
ルナ、リオが聞いたら本気でぶっ飛ばされるよ?
「で?なんで来たんだよ」
「なんでも何も。妾が労働力を集めたというのに街はもうしっかりできておるわ、ルシファたちはおらぬわで、気になって追ってきたんじゃ。もう全て終わった後だったようじゃがの」
「この場所は情報屋に聞いたのか?」
「いや、血の匂いをな。やはリルシファの血は甘美な香りがしてー」
「まだ足りねぇか?」
「ごめんなさい」
一回ルナのことは置いとくとして、その吸血鬼化は大丈夫なんだろうか。
ゼロさんの顔見る限りじゃ問題ないんだろうけども。
「問題ねぇよ。勝手に俺の血で壊される」
「うむ。問題ない!」
ルナは何も言わない方が良いと思う。
つまりゼロさんの頭が回らないっていうのも何もかも、 ルナのせいによる極度の貧血と、吸血鬼化 しないよう体が戦っていたからだと結論づいた。
カリタより気分的にはマシかもしれないけど。
「何はともあれ終わったのであればよかった! 皆で楽しく帰ろうぞ!」
「いや、俺とイリスは戻らねぇ」
「なぬ!?」
「え?わたしも?」
ゼロさんはうなずく。 気だるげに煙草を咥えながら続けた。
「俺は俺の目的のために。 お前はお前の目的のためにな。 銀には話を通してある。 ルナティクスの復興を手伝った報酬だ」
「え?いつの間にそんなこと……」
「ここに来る前にな。 俺もアガドに用があるし、 お前も最初に探し始めるとするならここからだろ?」
ごくごく当たり前のようにゼロさんは言った。
し、知らなかった。 そんなに準備してくれてたんだ。
「じゃあ!妾も行く!!」
「人の血を無断で 啜るような馬鹿を連れて行けるか」
「うぐ!!」
「それに太陽問題。銀さんとの治療問題」
「ぐふっ」
ルナは悉く、一緒の行動に向いてない。 ゼロさんは太陽で弱くなったりするから嫌うけど、ルナの場合は死んでしまうんだから気軽にそうい うことはできない。 かわいそうだけど、日の昇らないルナティクスに居てくれるのが一番安心する。
「暫くは回復に努める。 回復まではいいが、そのあとは別行動だ」
「うむ…」
「ルナ手伝って。 ごはん作ってあげるから」
「では妾は精のつく獲物をとってくる!」
切り替えの早いルナは颯爽と夜の中を飛んで行った。
大きすぎなきゃいいけど。 ルナってほんと加減がきかないからなぁ。
「今回、 アルテマは関係なかった」
急にゼロさんはぽつりと言った。
「今アルテマについてわかってることって言ったら、俺と関連があって記憶を求めてる、 戦闘力の高い仮面がいる、アビスシードを研究して作ろうとしてた・・このくらいだ」
「うん」
「それを踏まえて、奴らが何してるか。 目的がなにか。 予想するしかねぇが、 確実にわかることは、 生物に関連すること。 人間に関連することだ」
「あのヤマトが持ってきた絵と、 アビスシードだね」
「ああ。 人を研究して、可能性を探している気がする。 で、 俺の記憶にはそれのヒントか答えかが、はいってるんだろうな」
番号のふられた人の死体の絵。
まるで管理されているかのような人間たち。
「俺は青ガキを殺せなかった。 体が止まって死にかけた。 あの仮面が妙に親し気なとこからも·······。俺は組織の研究対象か何かだろう。 この異常に高い力もふまえてな」
そしてゼロさんは首のZEROをなぞる。 胸がちくりと痛んだ。
「それで、 ゼロさんは逃げ出したんだね」
「だろうな。何もかもぶっ壊して、あの傷を負って、死にかけて….….。 つまり、あの日の俺を作ったのは、 アルテマ ってことになる」
ゼロさんの戻らない赤い眼が燃え上がるようだ。
「昔からだ。 あの傷を負わした奴らを殺す。そいつらは俺がティナ持ちになった原因だ。 だから、必ず殺す」
「ゼ、ゼロさん?」
「必ずだ」
家がギシギシときしむ。 溢れ出る怒りで空気まで壊れそうだ。
ゼロさんの言い分はわかる。
ティナになった。
それは、普通の人じゃなくなったということでもある。ティナ堕ちするということでもある。そして死ぬことでもある。
元々ティナを宿す前もそれ自体も死ぬほどのもので、ティナになっても結局は死ぬことになって、記憶のこともあって。
恨むことに間違いはない。 原因はすべて、アルテマにあるのだから。
「でも、時間が足りねぇ」
すっと家の軋みは止まった。 そしてゼロさんの体が徐々に戻っていく。
体の壊れる音を鳴らしながら。
「戻ろうにも、戻りづらい。 痛みも酷いが自分を破壊していく感覚が、吐きそうなほど気分がいい。
必ずっつったが、正直そこまで保てる気がしない」
「っ…。 ゼロさん...」
「だから、お前の仲間を見つける。そいつは俺にとっても手がかりだ。 で、 昔の契約通り、俺を殺せる要員でもある」
ゼロさんの体はゆっくりといつもの姿に戻り、回復した紫色の両目は気だるげに細くなっていく。
「イリス。 お前に言いたいことはそれだ。
とにかくその仲間。 あの仮面が言ったなら生きてる。 あれば嘘はつかねぇ人間だからな。 どこにいようが探しだすぞ」
悲嘆してなかった。
手がかりが他にないことも、組織が強大であることも、ティナちのことも。
ゼロさんは、“必ず” と言ったことしか見てない。
「あと、あの力譲渡。 気をつけろよ。 誰に見られてるかわかったもんじゃねぇし、 アルテマにバレ たら、成功したアビスシードになる。 それがどういう意味かわかるな?
やりすぎて核がどうかなって寿命が絡むとかいうレベルの話じゃない」
「う、うん……って、寿命?」
「そりゃ核は治せないんだし、風船だって何度も膨らませればいずれ破れるだろ」
「死ぬじゃん!」
「だからそういってんだよ」
にやりと笑う顔はいつものゼロさんだ。
わたしも少し安心して口が緩む。
カロルからも話を聞いて、わかってる。
ゼロさんは本来ならもう堕ちてる。
力がありすぎるから、そうなってないだけで、普通なら堕ちているほど力に呑まれてる。
でも、ゼロさんなのだ。 わかっていても、 苦しんでる姿を見ても、いろいろ話を聞いても。
わたしにはゼロさんがいなくなる想像はできなかった。