02
「このままじゃ、追い付かれる」
隣でウラガは言った。傷だらけの体を引きずるように走る彼は、見てて辛くなるほど痛々しい。それでもわたしたちは一度も足を止めなかったし、ウラガも文句ひとつ言わずに隣を走った。
「あと…5分ももたないね。このままじゃ。地の理があっても、魔法使われるとどうしようもないや」
悔しそうに言葉を漏らすシルク。
風の魔法で滑るように走る彼らは、体力の消費がほとんどなく追いかけてきていた。
わたしの息もあがってきている。追いつかれるのは時間の問題だった。
「仕方ねぇ。やっぱ、最終手段だな」
ウラガはそこで足を止めた。ザァッと裸足の足が擦れ、赤黒い髪は乱れて揺れる。ここに来るはずの敵を睨み大きく構えていた。
わたしも足を止めた。足を止めて俯いた。
「約束したもんね、イーリス」
シルクは同じくらいの背丈のわたしの頭を、めいいっぱい背伸びしてポンポンと叩いた。頬を涙が伝う。
わかっていたこととはいえ、その時がきてしまったことが嫌で仕方がなかった。
「ぼくが言ったこと、覚えてるよね?」
「うん」
「それなら、もう大丈夫だね」
「うん、うん」
「ちゃんと、生きていくんだよ」
シルクの声は柔らかく、恐れも怯えもない。包まれるような優しい声だ。だがそれも徐々に震えて弱弱しくなっていく。
わたしは俯いたまま、流れるままに目から滴を落とし続けた。
「……おい、はやくいけって。ばーか。もう別れは十分しただろうが」
「ウラガ。雰囲気台無しだよ。……君はほんとに良いの?」
「だから別れは済ませたって。だろ?イーリス」
わたしは大きく頷いた。頷いて、顔をあげる。
顔を赤くした優しいシルクと、力強いウラガの背中。しっかりと目に焼き付けてわたしは言った。
「ウラガ、シルク。必ず……必ずまた会おう!」
わたしは一目散に走り出した。後ろは振り返らない。振り返らなくても、追手がこちらを睨み付けているのがわかる。
速度をあげる。目指すは光ではなく暗闇。
恐怖がじわりと滲み、孤独感が支配する。一つしかない足音がそれを掻き立てるようだった。
「イーリス!!!」
力強い声が胸まで届く。低く、轟く強い声。
「生きろ!どんな手を使ってでも絶対死ぬな!
いつか迎えに行くまで、何がなんでも生き残れ!!勝手に死んだら地獄まで追っかけてぶっ殺すからな!!」
熱く込み上げる何か。
それを必死に抑え、わたしは右手に拳をつくり勢いよく天を突いた。
背中で魔法が弾ける音が響いたときには恐怖の欠片もなく、わたしは己を捧げるかのように闇の中に溶けていった。
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