03
窓を見ると丸い月が出ていた。
あたしはその窓から裸足のまま飛び出す。 何かがいる気がした。
暫く走るとそれはいた。
青い炎を両手に燃やし、それに対面する。
男だ。 紫色の眼をした全身黒装束の男。
あれ以来、男という生き物自体に嫌気がさしてたまらなかった。 それに乗じるかのように、 また男が来たのか。
「思ったより安定してるな」
男はそう言った。 意味がわからなかった。
今は貫くようなあの殺意は感じないが、 普通じゃないことも理解できる。
「帰れ」
「俺はお前の親に依頼されてきたんだよ。 めんどくせぇから単刀直入に聞く」
男は煙草の煙を燻らせながら言った。
「死にたいか?」
殺意をのせたその言葉に、 あたしは喉を詰まらせた。 男は少し目を見開く。 そしてそのままゆっくり近づいてきた。
「ティナのせいで死にたいやつも、死にたくない奴もいるが…。 無回答で無反応か。 面白いな。 何が原因で得たんだよ、お前」
「うるさい!」
炎の爪牙剥く。 あたしの攻撃はまるで予期されているかのように次々と避けられ、放った青い炎は片手でかき消された。
あたしはティナだ。 ティナ持ちだ。
目の前の男は、歳はそう変わらない人間。 負けるはずがない。 負けるはずがないのに。
「年季が違えよ。狐」
あっという間にあたしの首に小刀が突き立てられていた。
戦いのいろはの1つも知らない無知で無力なあたしの限界。
悔しくて唇から血が伝った。
「...さて」
男の目線が家へと向いた。
それだけはだめだ! あたしは無我夢中で暴れる。
姉を失ってあたしまでティナ持ちなんかになって、 迷惑かけて、それでも文句も言わない。 こんなあたしを今でも助けてくれる。 何もできないあたしなのに。
そんな家族を、あたしのせいで壊されてたまるか。
「死ね!!!!」
「!?」
強く強く想ったそれは、景色を変えて大地を変えた。 足場は不安定になり、世界が逆さまになっていく。
ひび割れた空が笑うかのように裂けて、地面は飲み込むかのようだ。
そして大切な家は形を変えて、まるで棺のように平たく潰れて埋まっていく。
あたしは悲鳴を上げた。
また、まただ。
うまくいかない。 どうしても、うまくいかない。 姉を助けることも、超えることも。 怒ることも 憎いはずの男を恨むことも、殺すことも、 肯定することも、許すことも。
唯一守ってくれた家族を守ることさえも。
何もできない。 ずっと何もできない。
「とんでもねぇ能力だな」
空中でぐるぐると回っていたあたしを捕まえたのは、さっきの男。 深い赤黒い瞳となっていて、少しとがった牙をのぞかせ、悪夢の中のような惨状を眺める。 その顔はどこか嬉しそうだった。
「いいか、狐。よく聞けよ。 お前は力の扱いをわかってない。 炎だけじゃなくて、この世界がお前の力だ」
「こ、コレが・・・?」
「これだけ使ってもお前は堕ちそうでもない。 何度もティナ持ちは見てきたが、力暴走させといて、そこまで平然としてたら上出来だ。 なら、これを戻すこともできないわけがねぇ」
「そんな、平然なんてしてないどうやって!?どうやったら父さんたちを助けれるの?
「お前自身が、ちゃんと立て。安定しろ。 何を迷ってんだよ」
「あ、あたしは…」
何もできなくて、やろうとすることもできなくて、 怖くて、どうしようもなくて、失いそうで、壊れそうで。
「わからない・・・」
それが全てで、こたえはそれしかなかった。 こんな世界を作っても、ティナになっても、 姉も目標も失っても。
あたしは何もわからなかった。
あたしがどうしたいのかも、どうすればいいのかも。
「そっか」
男は軽く舌打ちして、あたしを軽々と抱えた。 嫌気がさすはずの男の手は、 人のものではない固く冷たいもので、おぞましさも気味の悪さも感じない。
「じゃあ、仕方ねぇな」
そう言って大翼で空を覆った男は、片手から渦巻く黒で全てを破壊したのだった。
お待たせしました!




