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「こんなのがーーーー!?」
うっせぇな。叫ぶな。
「ディアブロぉ!ばらすなよー。 あいの情報は高くつくぜー?」
「俺が喋る言葉に金額が発生するかよ」
「責任ってのがあるだろうよぉ」
知るか。
お前だって俺が悪魔のティナ持ちだってベラベラ喋ってんじゃねぇか。
狐が処理しとかなかったら、ここにいる奴らにバレてただろ。
「な!なんの!?なんのティナなの!?」
イリスが食いつくのをやめない。 狐は興味ないのか、肉にフォークを突き立てている。
「足10本」
早押しクイズかのように手が挙がった。
「イカ!!!」
「イカのティナはいねぇよ。 クラーケンだ」
「おーいー」
伸びた手が俺の手に吸い付く。 それと同時に、体に巻き付けていたらしい残りの手がわらわらと出てきた。
はっきり言って気持ち悪いが、当人はさほど気にしてないらしい。
「・・・イカなの?」
「クラーケンだって言ってんだろうよぉ。 お嬢さん―」
「タコじゃないの?」
「あれぇ? 話きいてます?」
まぁクラーケンがタコなのかイカなのか俺も知らねぇけど。 手が何本あっても構わねぇが、 海の生物が陸に上がってんのが納得いかねぇよ。
「まー。 あいは、そんな強くないから安心しろー。 手が数本あって、吸盤みたいにくっついてー、水の中で息できるくらいさー」
「水の中で息ができる!?」
カナヅチには衝撃的だったらしい。 まぁ後の能力を補足すれば、若干手足が伸びる。 怪力。 なんかべたべたする。 それくらいか。
「壁に張り付くのは得意一。 あとはー、 擬態とかー?」
「……だから暗殺か」
「そーそー。おねーさんは九尾の狐だろー? いいよねぇ。 多才な能力でぇ」
「そうね。 あんたを焼きイカにする力はあるし」
狐が一度もこいつと目を合わせない。 相当嫌ってるらしいな。
若干 殺気すら見える。
馬鹿じゃねぇからやらねぇだろうが、 万が一でもティナ同士が暴れられたら困る。 とっとと処理しよう。
「狐」
「イーリス、 こっち」
「え?」
「いいから」
俺から何を言うわけでもなく仮設テントから出る狐。
ほんとあいつって使えるというか、できる奴だよなぁ。
「ありぇ? おねーちゃんたちはぁ?」
「いい加減やめろ。 俺に関わる奴らだぞ。 諦めろ」
「………ちぇー。 酔っ払い相手なら大抵口が軽くなるんだけどなぁ」
情報屋は軽々とジョッキを仰いだ。 赤らんだ顔は元に戻っている。
「九尾の狐かぁ。いい部下持ってるねぇ、ディアブロー」
「部下じゃねぇし、同じティナ持ちなら当たり前だろ。 ティナ持ちがあの程度の酒に酔えるわけがねぇ」
「まぁそりゃそうだー。もう一人の妙なのは?」
「あいつは馬鹿だからノーカウント」
まず、ティナ持ちが酒に酔うことはほぼ無い。身体能力が強化されているせいで、ほぼ酔えないと言っていい。
量を飲んだり相当強い物ばかり飲んだ場合は別だろうが、 酒に弱いってことはありえない。
例外はあれだ。ヴァンパイア。 あいつはティナの代償で臓物やられてるから、アルコールの分解が人よりもできないらしい。
「んじゃ、これもばれたかなぁ」
「獣だし鼻は利くだろうよ」
そう言って、情報屋は白い粉を吸った。 瞳孔が開き、体がガタガタ震えだしたところで、俺は目をそらす。
あー、気持ち悪い。
「見せんな、ヤク中が」
「けっけっけ。 バカスカ煙草吸ってる奴が何言ってるんだよぉ。 それに、あいにはこれがないとダメなの、よく知ってるだろぉ?」
横目で見れば、焦点の定まっていない目で、へらへらと嗤う情報屋。 別の見方をすれば、魔力じゃないものがぐちゃぐちゃに乱れ、それにあわせて魔力も乱れる姿。
あー。 気持ち悪。
「目がいいやつは可哀そうだねぇ」
「クスリがないとやっていけねぇ奴ほど憐れじゃねぇよ」
ティナ持ちにだけ効果のある麻薬。 名前は“カリタ"
憐みだとか慈愛だとか、そういう意味だったか。 何処かの馬鹿な技術者が作ったもので、 魔力じゃなく、ティナの力である覇力に作用する薬物だ。 だから普通の人間には効果がなく、 ティナ持ちには例外なく効果を発揮する。 もちろん俺にも、だ。
ティナ堕ちする恐怖をぬぐうためだとか、 楽に死ぬためだとか、そういう理由で作られたらしい。 確かにあのクスリは、強烈な快楽に飲まれて恐怖はなくなる。
が、 異常なほどの依存性があるし、 クスリで精神が異常な程に乱れる。通常じゃありえないくらいに。
だから、薬効という意味での安定を失ったら一気にティナ堕ちする 。
しかも、それが目的でもあるんだからタチが悪い。
ティナ持ちという、憐れな生き物の人生を快楽だけにさせて、死ぬ時までそれを続けさせる。そういう目的だ。
カリタを吸えばあれだけ荒れるんだから、薬切れ云々関係なく、ティナ堕ちが早まる。 なら、接種を止めようにも、クスリを切らしたら平静を保てず一気に堕ちる。
だから、 カリタに手を出した奴は死ぬまで吸い続けるしかない。 吸い続けた結果も通常より早いティナ堕ちだが、吸わないよりかは長生きできる。
「ティナ持ちの人生は苦痛だらけだぁ。 クスリでもやらねーとやっていけないんだよぉ。 どちらにしろ、 ティナ堕ちすることは変わら ねぇしー」
まぁそういうことだ。 ティナ持ちに病死はねぇし、寿命で死ぬのはつまるところティナ堕ちするってことだ。 致命傷を負って徐々に死に近づこうものなら、 弱った体と精神じゃティナに抗えない。
人間のまま死にたいなら、死を予期することなく瞬殺されるか、 死を本気で心から覚悟して死ぬか。そんなこと、俺ぐらいじゃないと、まずできないだろう。
「まー、いいやぁ。 仕事の話をしようぜぇ」
「その前にお前どうやって俺がここにいることを知った?」
すかさず長い手が伸びる。 空の手のひらが待っている。
「この守銭奴が」
「情報は金なりぃ」
適当な小銭を放る。
「ディアブロの死は公表されてるけどー、正直だれも信じてねーん だよー。 だから実質は生死不明状態ってわけぇ。
あいはー、一応仕事があるからさー。 ディアブロがいるならここだろうなぁと思ったんだよー」
「それにしては遅い到着だな」
なにせアガドの件から優に3か月は経過している。
「あいも忙しいんだよー。 主に、商売の方がねぇ。それに、ディア ブロが来たなら噂くらいにはなるからー、近くに待機してたのさ」
なるほど。
まぁ俺の生死について明確に発表はされていないのは知ってる。なにせ死体がでねぇし、悪魔のティナ堕ちも現れていない。
となれば 生きている可能性は否定できねぇだろうが、 あの状態で生き残れるはずもないってのが見解だろう。
納得だ。 俺もそう思う。
「それでねぇ。ディアブロ、 仕事の報告だよぉ。 カリタが物凄く売れてどうしようもないんだけどー」
俺は無言でそいつを見る。 焦点の定まっていない眼はわずかに揺れた。
「お前。 売ったのかよ」
「あー。 えーと。 そうだねぇ。 ええーと…..」
「はっきり言えよ。死ぬ前に」
グラスがはじけ飛び、机がガタガタと揺れる。
情報屋の顔も文字通り青くなった。
「ディアブロー! ちょっとやめろよぉ! 話をきけってー!」
「お前の役割はなんだ? あ? カリタを独占すること、そのうえで販売はしないこと、 だ。 違うか?」
「わーってるわーってるぅ! だけどよぉ! あいにも敵わない相手だっているさぁ! あいらの倉庫が襲撃されて、ブツを捕られたんだよぉ」
「へぇ? だから?」
「誰がしたか調べる前に、ブツは多方面に捌かれて売られちまってるんだ。あいも見つけ次第処理してるけど、数多くて手が届かねぇんだよぉ」
「しょうがねぇから許せって言うのかよ」
「……えーとぉ」
抑えろ抑える。 今暴れるわけにはいかねぇだろ。 俺。
タガが外れたらどうすんだ。
「俺は言ったよな? この世にあるカリタは、 お前含めたヤク中どもで全部使えって」
「はいぃ」
「新しく使う馬鹿を増やすなって」
「はいぃ......」
「何があったかはどうでもいいが…..」
情報屋の右側が吹き飛ぶ。 関節のない腕が何本も舞い散った。
「情報屋ならわからねぇとは言わせねぇ。何人増えた?」
情報屋は茫然と右半身を見つめる。 こいつはティナの性質上痛みに鈍い。 それでも見ている光景に平静を保ててるのはクスリの影響か。
あーあ。 馬鹿やったな。
「少なくとも、10人はいるだろうねぇ。そのうち何人が堕ちたかはわから ないよぉ。 ハンターギルドにも、まだティナ堕ちの討伐依頼は来てないし。
それよりもさ、ディアブロお。 実のある話をしよーぜぇ?まだあいを殺すわけにはいかねーんだろぉ?」
「……」
こいつの言う通りで、俺はこいつを殺すわけにはいかない。
俺はカリタとは相性が悪い。
だから、 こいつがやってることを俺が代わり にするわけにもいかねぇし、連合のような利益重視の奴に任せるわけにも いかない。
それにこいつは、こんなだが有能だ。
全てのギルドに顔が利き、 それでいて裏事情にも理解がある。
ティナ堕ちが生まれれば、一番早く情報の届くハンターギルド。
ティナ持ちの存在を知ることができる情報ギルド、邪魔者処理の暗殺ギルドに商売のルートを握る商業ギルド・・・。
コネを作ろうと思ったら数人で取り掛かることを、こいつ一人で賄えるのはどうしても大きい。
ヤク漬けにはなってるが性能は衰えてないし、なによりヤク漬になってるからこそ俺の依頼とこいつの利益が一致する。
独占し、販売を禁じ、自分たち中毒者だけでクスリは使い切る。 新しいヤク中が減れば、自分たちに回ってくるものも増えるわけだ。
クスリ自体を新しく作られたら別だが、一応そこは別ルートで取り仕切ってる。
カリタを作れば悪魔に殺される、なんて噂が流れてるくらいには徹底的にやったつもりだ。
「………まず。 失敗は失敗だ。 落とし前をどうつける?」
「3人くらいなら壊していいよー」
「馬鹿が。 ティナ堕ち寸前になるまでは全員働かせる」
「鬼畜ぅー」
俺がこんなやつを頼ってまでやってるのはティナ堕ちを増やさないためじゃな い。
ティナ持ちを把握するためと、勝手に堕ちてまた生まれるのを防ぐためだ。
ティナ自体の処理をやってる理由と変わらない。
ティナ持ちなら一度はカリタの存在を聞く。
それでカリタを求めた奴がいるかが把握できれば、ティナ持ちの存在を知れる。
で、 もしも既に服用した馬鹿がいたら勝手にティナ堕ちする前に破壊する。 そういう手順だ。
じゃないとティナってやつは勝手にティナ堕ちして、生まれなおして挙句俺の敵となる。
数もそいつらの位置も把握できないままだと、俺が破壊しに行くこともできない。
「条件は好きに決めていいよぉ、 ディアブロ。無理なら無理って言うからさぁ」
「じゃあ、ここの復興へ手を貸せ。 カリタの回収を急げ。 カリタを服用した奴のリストをまとめろ。 襲撃は誰の目的かを探れ。 わかってる範囲でのティナ持ち のリストはさっさと寄越せ。 いいな」
「ううーんー。 めっちゃ多いけどぉ……まぁ殺されるよりはいいかぁ。 わかったよぉ」
・・・よし。 これで良しとしょう。
こいつを殺そうが消そうが、奪われたカリタが戻ってくるわけでもねぇし。
それなら死ぬまで働かせて回収した方がいい。
「んじゃー。 いったん帰るよー。 あいも人集めてくるからぁ」
「ヤク中ばっか連れてくんなよ」
「わかってるさあ。どうやら気が短くなったディアブロに、理由もなく壊された ら可哀そうだからねぇ」
ち。さすがによく見てるな。
「建築技術のある奴は、早めに寄越すようにするけどぉ、 さすがに連合当主ほどの力はないよぉ? あんな… 一回寝たらカジノが建ってたぁ、 なんて魔法はあの人しか使えないからねぇ」
まぁ魔法ですらねぇからな。
「最後に一応。これあげとくねぇ」
そっと置いた白い粉の入った袋。
瞬時に破壊した。
「・・・ おい」
「ケケケ。 ディアブロがカリタ飲んだらどうなるのか、 あいは気になるんだけ どなー」
そう言いながら情報屋は姿を消した。
擬態を使って周りの風景に溶け込んだらしいが、俺の眼には乱れた魔力が海に逃げるのが見える。
あー。 もういい。 めんどくせぇ。
どうせ吹き飛ばした腕もすぐ生えてくるしな。 あれ。