03
そいつには、悪魔の翼もなく、昔の目…空色の目をしていた。
そして妙に無表情な"俺"は、その腕から見たことのない魔法を放った。
咄嗟に避けたが、なんだ。あれ。
俺が魔法使ってるなんか違和感しかねぇんだけど。
「消えろ」
「あ"?」
無表情な"俺"は言葉を続ける。声まで一緒とかホント気持ち悪い。
「お前じゃ足りない」
………意味がわからねぇ。
いや、これを設定した白蛇どもが馬鹿か。
よくある話だよな。
試練のためとか、自分を超えるためとかで己と戦うって。
こいつ俺じゃねぇよ。俺の姿を模してるだけで、全然違うじゃねえか。
「めんどくせぇな。意味わからねぇけど、こいつ殺せば終わりか?」
武器がないのが面倒だが、この際仕方がねぇ…。って、なんだよコイツ。剣持ってんだけど。
まぁしゃあない。ない物ねだりはやめるよう。
ティナの力は問題なく使えるみたいだし、魔力だって正常設定ならしい。
腕の悪魔化を行う。自分を殴り殺すなんてナンセンスだが、この際仕方がない。
「死ぬべきだった」
"俺"は、無感情に言う。
「それでも死ななかったのなら、俺が責任をとらなければならない」
…意味がわからねぇ。
まぁいいか。攪乱するのが目的だろ。精神的にも強くなりなさい、ってかんじで。
俺にこれ以上精神強化する意味あるか?ねぇだろうよ。
「つべこべ言わずにかかってこいよ」
そのつもりだと言わんばかりの重い斬撃。
構えもなんもなしでこの威力か!受け止めた腕が、一発でヒビが入ってんじゃねぇか。
「~~~~~~っ、おもしれぇ!」
空を飛ぶ。闇をためる。
"俺"は風の魔法で一瞬で間合いをつめてくる。
斬撃、斬撃、斬撃。
打ち合うたびに悲鳴をあげるのは俺の腕だ。
死角から蹴りを放つも、流れるように躱され、発動の予備動作なく火炎の魔法が全身を包んだ。
…こいつ、どうやって魔法使ってんだよ。
魔力がほとんど見えない。動きもない。予測は無理、か。
「その様子だと、お前は俺の魔力が見えてんのか」
さっきから先読みされてる。気分悪いことこの上ないな。
あっちの返答は降りそそぐ雷。
おいおいおい。剣を作ったのは橙、空を飛ぶ緑、炎の赤に雷の黄か。水だけ使えない、なんてことはなさそうだな。
全属性持ちで剣の扱いもできて、魔力まで見える上にコイツ自身の魔力は見えない。
んな奴いねぇだろ!
夢幻とはいえ常識飛ばしすぎだ!
白蛇2匹、あいつらホントふざけてんだろ!
「もう、ほんとめんどくせぇ。殺す!」
「同感だ。消えろ」
魔力は抑える。悟らせない。破壊をぼんぼん撃って殺すのは難しいだろう。嫌でも魔力で悟られる。
相手の剣を制し、魔法のみ破壊で防御。
要は肉弾戦。
今まで俺と戦ってきた奴の気持ちが初めてわかった。なんだよ、この先読みだらけの試合。
重い斬撃がくる。
躱し、振り返って一撃。防がれる。もう一度。足元から刃が飛び出すが即座に破壊。
剣が肩を貫く。拳を叩き込む。防がれたが腕の骨くらい持って行けたか。
離れた隙に剣を破壊しそのまま空へ。一瞬で魔力を満たし、覚醒状態となった。
「沈め」
"俺"の周囲が陥没する。体勢は崩れるも"俺"は倒れない。
それどころか炎が陣を描き、技の発動が消えた。
くそ。魔法陣も扱えるのかよ。しかもあんなに早く…いや、予測してたか。にしても早い。
俺も破壊を放つ。設置されていた爆発魔法を発動前に破壊した。
赤と橙の組み合わせか。魔法陣まで使えて、2属性魔法も即座にできる、か。
流石に手こずりそうだな。
「覚醒状態のみに可能な重力操作。魔力を見なくてもわかる」
「へぇ。俺のことはお見通しか?」
すっげぇ腹立つ。
次々と放たれる攻撃魔法を破壊。
間を詰めて凄まじい速さで襲う剣を足で押さえ、拳を固めて鳩尾に突き刺した。
「…」
顔色一つ変えずに、腕を切り落とそうと振りかぶる"俺"。
更に前に出て、俺の腕を取り押さえる。
そしてその腕を握り潰し、関節を固めるが、ぱきんと"俺"は腕の関節を外したらしく脱力する。
その脱力した腕から魔力が迸った。
まずい!!
全身を雷が貫き、氷の槍が降り注ぐ。
体に突き立った氷が体の内部へと電流を伝えていった。
血を吐き出す。
こいつ中だけ潰しにきやがったか。
「弱い」
強烈な蹴りが心臓付近へと突き刺さり、俺は泉まで吹き飛ばされた。
翼を広げて静止するも傷が深い。
魔力を総動員させて治療にあたる。
あっちは鳩尾に一発と腕の関節が外れただけで、腕に関してはすでに嵌めなおされてる。
で、俺はこの様か。さすがは"俺"。強いな。
「…お前、俺なのに魔力量が違わねぇか?」
「お前は失敗して、俺は成功している」
なんだよ、それ。腹立つ言い方だな。
俺を強化した"俺"と戦う遊びだっていうなら、ちょっとやりすぎなくらい差があるだろ。
つーか俺より魔力が多い奴って初めて見たな。
「お前は弱い」
「は。俺が何いってんだ」
「弱い。だから不要だ」
ほんとむかつく奴だな。
俺は久々に1対1でまともに相手できる人間に、少し楽しくなってきてるっつーのに。
「ゴアアアァアアアアァアアアアア‼‼‼」
そこで、不相応な咆哮が轟く。
うるせぇなとそちらを向くと、ばっさばっさと翼を動かしてるのは誰もが知ってる生き物だった。
脚のある蛇じゃなくて、翼のあるトカゲ。
つまりはドラゴン。
「ガァオオオァオオオオ!!」
俺と"俺"は同時に動く。
闇を渦巻く俺と、赤と黄が混ざる"俺"。
拳と剣が交差した。
「うるせぇな!!!」
「邪魔をするな」
同時に両サイドから攻撃を叩きこみ、翼のあるトカゲは咆哮のエコーと血しぶきだけを残し姿を消した。
あ?なんだよ。ドラゴンってそんなもんなのか。やっぱ飛ぶトカゲだな、ただの。
「…ダメか」
「あ?」
「不可能は不可能なままということか」
は?どういう意味だ。
「お前は弱い」
「おいコラ。さっきからいい加減にしろよ」
「弱いが、お前は俺だ」
そして"俺"は目を閉じた。
「頼んだ」
その瞬間視界が暗転する。
広い風景は覆り、暗闇が訪れた。
「……」
で。ここはどこか。
冷たい、水か。
息はできる。…その時点で銀の仕業か。ついでに体を確認したが無傷。
やっぱ夢かなんかっていう扱いか。いや、あの内臓ダメージはやばかったから、夢で助かったな。
俺は泉の底から体を起こし、地を蹴った。
翼を広げて更に上昇を続ける。
泉から脱出すると、目の前には、見慣れた変な髪色があった。
「……よぉ」
新緑色したその目から雨が降ってきたのかと思うほどの滴が零れ、そのせいで声も出ないようだ。
そしてそいつは、そのまま飛びついてきた。
躱す。勢いを殺せず泉に突っ込んだ。
「死にそうになったら助けてやるよ」
イリスはごぼごぼと溺れながらも泣き続けていた。