24
ゼロさんは、わたしを守ると約束した。
信じさせる代わりに、わたしを守るって。
そのゼロさんは、今も倒壊するあの牢獄内にいる。
わたしはあの時うごけなかった。
シルクが裏切っているのかもしれない、大変なことをしているのかもしれない。
それがわかっても、信じるしかわたしにはできなくて。
否定する周りが嫌で、不満で、でも説得させるほどの理由はなくて。
すごくもどかしくて、何もかもが嫌だった。
それをゼロさんは面倒だから壊すって言った。
どこまでもゼロさんらしく、縛る鎖を平気で断ち切った。
わたしの悩みなんか、どうでもいいと言わんばかりに。
「ゼロさん……」
今なら、わかる。
あの場所に縛られていたという意味。
わたしにとってアガド牢獄は地獄だけど故郷でもあって、そこで過ごしたシルクを悪く思うことができない。
ウラガももちろんそうだから、二人が相対した事実を受け居れられなかった。
知るか。めんどくせぇ。
ゼロさんならそう言いそうだ。そういって、あそこでアガド牢獄を破壊したんだ。
逃げるしか選択肢を残さないように。
戻ることができないように。
「ゼロさん、いやだ…嫌だよ…。ゼロさぁあん!!!」
零れ落ちる涙をそのままに、喉がはりさけんで血の味がしても、わたしは叫び続けた。
たとえ無駄だとしても、そうせずにはいられなかった。
みんなわたしを止めない。
クガネは悔しそうに歯を食いしばり、銀さんは変わらず塔を見守る。
リオは何も言わずにじっと待ち、ルナは唖然と立ち尽くしていた。
わたしは叫ぶ。何度もゼロさんを呼ぶ。
『……………ん?』
鷹の銀さんは鋭く目を細めた。
『あれは、何だ』
視線の方向。
遠いせいで何が起きているのかはわからない。
ただ、何かが飛び降り、落ちる瓦礫を足場に塔を飛び降りている。
あの高さから飛び降りるなんて、クガネくらいじゃないと不可能だ。
しかし、それは衝撃を殺しながら駆け下り、そして海に着水したと思ったら、
すたん
目の前に彼はいた。
「戦闘の意思はない。協力を要請する」
その仮面の男はそう言った。
軍服のようなきっちりした格好で色は白い。
仮面も柄などはない白のみのデザインで、首もとを隠すようにマフラーが風になびいている。
腰には2対の剣、ちらりと覗く髪の毛は茶髪で短い。
わたしが驚きで何もできないうちに、すぐさま銀さんが飛び出し男の前で羽ばたく。
すると鷹の姿は消え、そこにはいつもの銀さんが現れた。
「……あんたが銀か」
「この姿は幻影に近いが、確かに私が銀だ」
「そうか。あんたなら、助けられるか?」
仮面の男は肩に担いだ悪魔の翼と、胸にいれた黒いイタチを差し出した。
言われなくてもわかる。
ゼロさんと、クロだ。
「っゼロさん!クロ!!」
「不用意に触れるな、アビスシード」
流れるように刃が抜かれる。ゼロさんたちに目が向いていたとはいえ、抜いたかどうかも見えなかった。
「仮面。そのアビスシードは魔力回復が可能な特殊個体だ。ゼロの治療を望むなら一番の適任だ」
「…そうか。悪かった。よろしく頼む」
仮面の男は素直に剣を収め、深々と頭を下げた。
混乱する。この人はなんでゼロさんを助けようと頭まで下げるんだ?
いや、そんなことはいい。
あらん限りの魔力をゼロさんに注ぐ。
同時にクロちゃんの手当てをリオが担当した。
でも、二人とも、生きているような気配がない。
魔力も注いだところで、身に宿っているかんじがしない。
「っっ仮面さん!あなたはティナ持ちじゃないでしょ?魔法使える?!」
「ああ」
「何でもいいからわたしにうって!」
手を広げて構える。
普通なら躊躇われたり質問されたりするところだけど、この人は情け容赦なくとんでもない威力の雷を放った。
常人なら死体も残らないほどの高威力。効かないとはいえ、血の気が一瞬で引いた。
「何発うてばいい?」
仮面の男は手を伸ばす。
え。この威力を何発撃てるの?
まって。この魔力量は、爆発する。その前にゼロさんに移す。
「う、撃てる、だけ…」
「わかった」
仮面の人は無常にも何度も何度も消飛ぶほどの威力の魔法を放った。
ちょっと。この人、どれだけ魔力があるんだ!
「仮面。もういい」
「そうか」
魔法は効かなくても、衝撃や音はある。電気でいうなら多少のしびれがある。
こんな威力、なんども全身を地面に叩き付けられているみたいだ。銀さんが止めてくれなかったら、衝撃で気絶してたかもしれない。
頭がぐらぐらし、若干核の破裂しそうだった時と似た痛みを味わいながら、なんとかゼロさんに魔力を渡す。
「よくやった、イーリス。跡は私が診る」
「は、はい……」
だ、だめだ。意識飛びそうになる。こんな魔法くらったことなかった。
前に海賊船で全員の魔法を受けたときよりも酷い。
「ここまで魔法を直接受けて無傷な奴は初めてだ」
仮面の男の人は意外にも優しくそう言った。
そして、再び頭をさげる。
「……こいつを助けてくれ。死なせないでくれ。対価が必要ならば何でも支払う。だから、頼む」
「……」
何で、この人は、こんなにもゼロさんを助けようとするのだろう。
銀さんも龍の術式を使いながらじっと観察している。
「お前はアルテマか」
「……」
銀さんの言葉は鋭く、そして冷たい。
仮面の人は何も言わずに頭をあげた。
「待て!!」
すぐさま退路を断つルナ。既に血の刃が空中にいくつも生成され臨戦態勢だ。
「そなた、前にも見たぞ!その仮面。ルシファの敵じゃった!教会の味方をしておったろう!ここから帰しはせぬ!」
「…あんた吸血鬼なら、太陽は弱点なんだろう?この結界の外に出たら、どうせ追えなくなる」
ルナがうるさいと言わんばかりに、地面に血の槍を叩き付ける。
仮面の人は避けもしない。当たらないことがわかっているようだ。
「結界ってわかってんだ。なんであたしの幻術で作っているこの空間に、ずかずか入り込めたのかと思ったけど」
「幻は、所詮幻。現実が変わるわけじゃない。太陽は遮っているから、あんたも大丈夫なんだろうけど」
仮面の人はゆらりゆらりと、ルナの攻撃をかわし、かと思ったら急にルナの目の前に迫った。
まるで瞬間移動のような動きに面をくらうルナ。すぐさま離れ、猛烈な攻撃を繰り出す。
「銀さん。この通り、アルテマのレベルは高い」
仮面の人はルナの方を見もせずに体を揺らすだけで、すべての攻撃をよけていく。
「これ以上関わり合ってほしくない。なんとか、止めてくれたら嬉しい」
「……善処しよう」
「ありがとう」
頭を下げ、弾け飛ぶようにその場を離れる仮面。
崖っぷちぎりぎりで足先で着地する。まるで体重を感じさせない動きだ。
「仮面。対価は不要だ。こちらからも礼を言う。私にはゼロを救い出す手段がなかった」
「ならお互い様か。あんたたちも、そいつのために色々動いてくれてるんだろう?ありがとう。でも、もう会わないことを祈る」
飛び降りる。そう見えた。
下は海じゃなくてごろごろした岩が転がる危険な場所だ。
だから心配だというわけじゃないけど…。
「ま、待って」
わたしは這いながら声を張り上げた。
寸前でぴたりと止まる仮面の人。
「な、名前を教えて!わたしはイーリス!!」
「……」
仮面の人がゆっくりとこちらに向き直る。
「名前はない。でも、"ルーク"と呼ばれている」
それは、ゼロさんと同じ言い方だった。
ルークさんは再びその場で一礼し、今度こそ姿を消した。
最後にこんな一言を残して。
「赤髪の男は、生きてる」
11月中に終わらせたくて急遽更新!
次は少し間をあけて更新します