20
「い、今のは…」
ルナはつぶやく。
わたしは、何も言えなかった。ただ、ぼろぼろと涙を落とす。
こんなに離れていて、あんなに傷だらけで、それでもわたしを守ってくれるのか。
わたしは、道が見えなかった。どうすればいいのかもわからなかった。
だから強制的に乱暴に、ゼロさんは道をひとつに絞った。ただ生きるという道だけに。
他の道は面倒だからって、すごいわがままな理由で、一番ゼロさんが大変な方法で、ゼロさんらしい方法で。
「!!わっ」
足元にヒビが走る。どろりと黒くて濃い、水のような闇。
それが染み渡るように広がり、破壊し、部屋を埋め尽くす水もそれに飲み込まれていく。
そして、静かになった。
「イーリス!掴まれ!クガネ!お前もじゃ!」
ルナの翼がばさりと開き、血のベルトがぐるぐると巻きつく。
クガネも察したのか、手足をルナに巻きつけて、尻尾はわたしの胴を巻く。
「おれがあいずする!10だ!」
地震だ。ぐらぐらと足元が揺れる。
破壊された水よりも、大量の海水が地面から吹き上がった。
「3.2.1…いまだ!」
わたしは息を止めた。一瞬で顔まで海水に覆われ、激流に呑まれる。
同じく巻き込まれた瓦礫やごみ、中にはオトナが玩具のように振り回され、わたしたちに激突する前にルナが切り裂いた。
ティナ持ちを超えているルナでさえ、流れに逆らうことができないらしく、歯を食いしばってなんとか羽を動かしている。
岩はどんどん降りそそぐ。当然だ。壊れているのはアガド牢獄全て。
あの巨大な建物を作り上げていた材料がぜんぶ落ちてくるのだ。
しかし、ルナは表情を変えない。絶望なんて当然のようになく、凛とした目で笑みを浮かべる。
わたしの不安が伝わったのか、ルナはこちらを見て優しく微笑んだ。
「かぼごぼ、ぼぼぼがふごぼ」
ルナ、なんて言ってるかわかりません。
というか海のなかで口開くとかやっぱり馬鹿だよね。ルナ。
顔青くなってるよ。
「ばどばあああ!」
クガネ、なんで。
なんで喋ろうとしたんだ。
でもクガネの言いたいことはその後すぐにわかった。
落ちてきたのは檻だったのだ。
「!!」
あれに閉じ込められたら終わる。
ルナにもそれはわかったらしく、落ちてくる瓦礫に足をかけ、ジャンプする要領でどんどん海上へ近づいていく。でも瓦礫は止まないし、海上は遠い。
ルナの速度がどんどんと落ち、瓦礫が翼に当たり嫌な音を立てた。
ルナの顔がゆがむ。
その時だった。
一気に瓦礫が消し飛び、誰かが飛び込んでくる。
そして凄い速度でわたしの襟首を掴んだ。
「がぼおお!?」
見覚えのあるその顔はにやりと笑って、ぐんぐんと海水をかき分ける。
もちろんルナもクガネもついてきている。
なのに、ティナ持ちであるルナよりも早い速度で進んだ。
「どはー!!!」
そして、掲げられるようにわたしは海面から顔をだした。
「く、熊、おじさん……?」
「おおう!久しぶりだな!ありんこよ!」
以前と変わらないスキンヘッドの大男は、朝焼けのなかでにっかりと笑った。