17
「…お前さ。有能だよな、やっぱり」
銀の剣を振り上げた男はその場で崩れ落ちる。
俺の胸を貫こうとした一撃は、そのままそっくりその身に返り、胸から剣が生えたのは男の方だった。
「ふきゅ」
よろよろと歩み寄ってきたクロは一度だけ体を俺にこすりつけると、手足を縛る鎖を噛み千切り始めた。
魔法陣の発動があったが、自前のシールドでダメージはないらしい。
ただ、こいつも相当ぼろぼろだ。額の石にヒビがいってる。
物理的な攻撃を跳ね返すのは相当負担がでかい。
「お前死ぬ気か?」
無言でクロは鎖をかみ砕く。
不機嫌そうな顔を見て、声を押し殺して笑った。
だよな。何言ってんだろうな。死にそうなのは俺の方だろ。
「刀、とれるか」
傍に同じく鎖で縛られた刀を引きちぎり持ってくる。
それを受け取り、手足にかけられた崩壊の魔法を破壊した。
魔法陣の魔法は描かれた陣を破壊すればいいから比較的楽。ゆっくり進んでいた体の崩壊はやっと止まった。
右腕は使い物にならねぇけど、左腕はかろうじて無事。
刀を杖代わりにして立ち上がろうとしたが、うまくいかない。
あー、だめだな。損傷がひどすぎる。
やりすぎなんだよ、まったく。
ティナ堕ちしてないのが奇跡なくらい、体が、上手く動かない。
魔力は、回復に全てあてる。それでも、動くことすら見込めない。聖水が全て弱らせてる。
ここまで、やられたのは初めてかもな。
「……クロ、お前ここから出ろ」
首をふる。
「もう飛べねぇし、手足も治す、力がない。歩いてこの高さの建物から、出られると思うか?」
それでも、クロは首を振る。
あー、くそ。めんどくせぇな。
こいつはずっとこれだ。
「お前はコード:ゼロってやつを慕ってんだろ」
クロはじっと目を逸らさない。
「俺はそいつじゃねぇよ」
「シ、シュー!シュー‼」
クロは牙を剥いた。
そしてぼろぼろの体で何度も噛みつく。絶対に傷口は噛まないように、それでも何度も噛みつく。
こいつは、ほんと馬鹿だな。
「……イリスを、守らねぇといけねぇ」
クロは噛みつくのを止めてこちらを見上げた。
「約束だからな」
ああ、くそ。意識が持ってかれる。噛みつかれてた方がよかったか。
「シルクとかいうガキと接触したら、たぶん、あいつは、許す…。正体を知らねぇしな。周りにいるのも、馬鹿ばっかだ」
「…きゅ」
「俺も、お前も、あいつのとこまで、走れねぇ。間に合わねぇ」
「……」
銀との通信をとる。これは無しだ。あいつの存在を感知させるわけにはいかない。
つーか、さっきぶった切ってからとり方もわかんねぇ。
それに、状況を伝えたところで、イリスたちがいるところじゃ銀も通信できないだろ。たぶん。
あの青ガキ、あれが今からどうするか。
疲れたってこの状況で寝に行くほど馬鹿じゃねぇだろうが、俺から目を離さなければならない程に消耗してたのも事実。
となると求めるのはイリスか。
魔法が効かない、魔力を与えられる、力を増幅できる。そんなあいつの能力を知られているかはわからねぇが…知らないとしても俺への人質役にはなれる。
「……めんどくせ」
守るってこんなにめんどくせぇのか。
ほんと面倒だ。向いてねぇな。
なにせ、俺には破壊しかできない。
「クク、だか、ら…やることは、決まってる、か」
苦笑する。
ほんと俺って、なんでこうなんだろうな。
脳裏によぎる青ガキの言葉。
-そうだ。言っとくけど、イーリスはぼくやこの場所に縛られてる。ぼくが会いに行けば丸く収まると思うよ?そして、ぼくが会って優しくしないかぎり、イーリスはまたここにくる。離れられないんだよ。それほどぼくらの絆は深くて、だからこそイーリスは突き付けられた事実を信じられないだろうからね-
衝動とは言えないほどに殺したくて。
殺したくても、殺せなくて。
動けなくて。
「うるせぇ。丸く収まる?そんなものを、俺が望むわけねぇだろ」
腕から真っ黒な闇が流れた。
フィナーレだ。
思い通りになると思うなよ。