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残酷描写が続きます…
「君が生まれてから今までのこと。簡潔にまとめて、それでいて全て。今ぼくに話せ」
馬鹿か。こいつ。
俺はぐらぐらする頭の中でせせら笑った。
それ、俺が一番知りたいことだっての。
まぁこれでわかった。記憶がないことはアルテマは知らない。
で、こいつらも俺の記憶が欲しいということ。
納得できないのが、なんで今更俺の記憶を求めだしたか、だけど…まぁいいか。そんなもん。
死にかけてる間際で考えるもんでもないだろう。
しかしよ。強大なアルテマっつー組織でも口を割らせる手段は拷問か。
ついでに下手だな。これじゃ口割る前に死ぬぞ。
「困ったな。黙秘か」
そりゃ口を開いていいことなんかねぇしな。
「死んじゃうよ?」
そうなりゃアルテマにとっても失敗だ。よくわからんが俺の記憶…お兄さんの研究結果はお前にとって相当重要なんだろう。
だから殺せない。死ぬ危険も冒せない。ついでにティナ堕ちもさせられない。
俺の方が立場は上…ってことはないな。
俺はこいつを殺せねぇし、記憶も差し出せれねぇ。相手は俺を殺せる。
「……しょうがない。生存本能はすべての生命体に通じるものだっていうし、頭のいい君ならしゃべった方がいいのもわかるでしょ」
ガキが本を開き、また杖を振る。俺の手足に光が宿ったかと思えば、ゆっくりと崩れていった。
「ぐぁっっ!!?」
嘘みたいな激痛が走った。さすがの俺も自分の体が崩れる痛みに経験はない。体が、分解されていく。
物みたいに。バラバラと落ちていく。
「あとは頼んだよ。ここには誰も来れないし、ぼくは休んだ後イーリスに会いに行くよ」
ちらりとガキがこちらを見るが、悪かったな。目線を返す余裕もねぇほど痛ぇよ。これ。
「そうだ。言っとくけど、イーリスはぼくやこの場所に縛られてる。
ぼくが会いに行けば丸く収まると思うよ?そして、ぼくが会って優しくしないかぎり、イーリスはまたここにくる。離れられないんだよ。
それほどぼくらの絆は深くて、だからこそイーリスは、突き付けられた事実を信じられないだろうからね」
あいつは最後にそう言って、姿を消した。
………さて、と。こんな痛みに頭を支配されるわけにはいかない。
冷静に、落ち着く。もう面倒だ。
わからないことを考えるのは生き延びた後にしよう。
この状況。とにかく、イリスたちが厄介だ。人質にとられている以上満足に動けない。
いや、関係ないか。どうせこの体は動けても殺せない。
つーか、あいつら、シルクってガキ探してんだろ?そいつここにいたよ、さっきまで。ゴミ捨て場探しても見つかるわけねぇよ。
助ける必要もまったく無さそうだったぞ。
でも、それをあいつに知らせる手段もなければ信じさせれる気もしない。
生まれたときから一緒のやつに懐柔されるのは、まぁ当たり前と言えば当たり前だ。
このままだとあいつに良いように使われるんだろ、あのバカ。
最悪アガド牢獄自体がアルテマの所有しているものとしたら、イリスの顔は全員に伝わってる可能性もあるのか。ヴァンパイアたちがいるからとはいえ、逃げ切れるか?
……この体の崩壊。どういう原理で止まるかは知らねぇけど、はやくしないと手足を失くすどころじゃ済まなさそうなんだけど。
あー、めんどくせぇ。
「うぐっ!」
またも浴びせられる聖水。そして顔を隠した男はすらりと銀の剣を抜いた。
こいつ殺す気かよ。
剣はぺたりぺたりと傷口に沿い、小さく少しずつ切り裂いていく。
普通の剣ならうっとおしいで済むものが、聖水を含んだ銀の剣だと、焼き切られているかのようだ。
「よくも。同胞を…」
あ?こいつ、キレてんのかよ。
あの青ガキほど冷静でもなさそうだな。黙っておいても得はないか。
「……殺すなら一思いにやれよ。めんどくせぇ」
「嫌だ。じっくり、生を楽しんでもらう。地獄のような、痛みのなかで。死ぬだけなんて、生ぬるい」
剣がぶつりと肉を切り裂く。そのまま、ゆっくりと傷は新たな軌跡を描いていく。
おいおいおいおい、動脈ぶちぎってんぞ。
どこまでやれば死ぬかがわからずに拷問なんざすんな。三下が。
「家族を殺された、仲間を殺された。悪魔め。許さない。死ねばいい」
「っ……!」
地面に剣を突き立てるように、銀の剣が真っ直ぐに体を貫いていく。
まずいな。意識が、とぶ。急所は外してるみたいだが、聖水は毒だっつってんだろ。
魔力もない、血液もない。いくら俺でも限界はある。
「痛みに強い、か。苦しいのはどうだ?」
男は聖水を持ち上げる。水属性もちか。そしてもう一方の手には普通の水を生成。
二つの水は組み合わさり、そして俺の全身を包み込んだ。
酸素を失い、毒が混ざる。この内臓が腐っていくような感覚は、表面の痛みよりも性質が悪い。
呼吸ができねぇのは苦しいが、今はこっちの方が楽だな。意識が朦朧となってちょうどいい。
あー。
さっさと終わらねぇかな。
「…お前はもがきもせずに死ねるのか」
いつの間にか水攻めは終わっていたらしく、清々しい空気を肺に入れる。
意識飛んでたか。それとも一瞬死んだか?それはいいんだが、聖水の毒はまずいだろ。呼吸ができても一向に良くなった気がしない。
「もがきもしないから、加減が難しい」
うるせぇな。もがいたところで息ができねぇのは変わらねぇし、こうすれば同じことはできねぇだろ。
「苦しみを与える。すると死を悟らせない。痛みには耐性がある。なら、大切な人を殺すか。いや、それも数が少なすぎる。さぁどうしようか」
知るかって。
それより、クソ野郎が。お前十分やりすぎだ。
俺の耐久力はティナの恩恵だ。それの弱点をずかずかと突いたら、その耐久力も弱まるだろうが。
絶対あの青ガキの命令外だろ。あいつはまだ加減というか知識があった。
「…そうだ。そうしよう。死んで、生き返らせ、死んで、死んで、生き返らそう。お前が耐えられなくなるまで」
あー。もう、ほんと勘弁してくれよ。
死んで生き返らすのはいいけど、生き返る保証もねぇよ。それだと。
俺は盛大にため息をつき、もうどうでもよくなって目を閉じた。
なにせ手足は崩壊が止まらねぇし、力は一切使えないし。抵抗する意思がどうこうよりも力がない。
銀の剣は、俺のどこを貫いたのか。俺にその感覚はなかった。