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「ぼくはね。知りたいんだよ。君の頭のなかをさ。兄さんのしてた研究の結果、過程にやり方…。ぜんぶ君の頭にしかないんだよ。君がぜーんぶ壊しちゃったから」
青い髪の少年は、身の丈にあわない白衣を揺らす。手には分厚い本と杖。傍には顔を隠した男がいた。
「さっきは君のことを褒めまくったけど、結局君も失敗作だ。何故って、君はティナ持ちだから。寿命の短くて暴走する力なんていらないからねぇ。
でも、コード:ゼロは完璧だった。美しく賢く強く。最高だったなぁ。
ティナ持ちにならずに死んでいれば、君は完璧のままだった。生きていてくれたことには、感謝はしているけど…君のためを考えると死んだ方がよかっただろうね」
少年は杖を振る。杖の先に魔法陣が描かれ、杖を振り抜いたのと同時に、ゼロの体に切り傷が走った。
ゼロは悲鳴は上げない。うめき声も抑える。
ただ、今にも暴走しそうな自分を封じ込めていた。
「ぼくはね、研究者でもあるけど、大魔法使いなんだ。魔法の研究を主にやりながら、戦ったりもしてたね。
兄さんはねー。魔法はてんでだめだったけど、すごい研究者だった。ぼく以上に。
アルテマに入って研究に励む兄さんと、魔法を鍛えるぼく。そんなかんじだったんだよ。
ただねぇ。兄さんの言っていることはぼくにはよくわかんないし、ぼくのいう事も兄さんに伝わらない。
面白いでしょ?ぼくたち双子だったんだけどねぇ。なーんにも通じ合わなかったし、仲も良くなかったんだ」
少年が男に目配せをする。男は何も言わずに立ち上がり、ゼロの体へ聖水をかけていく。
「っっっ!!!」
「あ。さすがに痛かった?こんだけ怪我してる中で体溶けちゃうんだもんね。傷口から聖水、体内にはいっちゃうし。
ほらね、やっぱりティナ持ちは弱い。弱点があるだけで失敗だよ、まったく。コード:ゼロには、弱点なんかなかったからね」
「……クク」
ゼロは笑う。
すさまじい痛みとともに明らかな致命傷を次々と作り上げる目の前の敵を、明確に排除すべきと考えた。
縛られた腕の関節が外れる。邪魔な骨は砕け散り、ゼロの右腕はまっすぐ少年の命を狙った。
完全な射程内であり、子供の細い首を折るのに十分すぎるほどの速度と威力だ。
しかし、ゼロの右腕は止まる。その首に届く寸前で。
「…ふぅん。すごいね。傷ついちゃった」
少年の首筋に薄く血がにじむ。
「これもティナ持ちの影響?そっかぁ…、だよねぇ。コード:ゼロと呼ばれていた君はもういないんだもんなぁ。ティナの魂に呑み込まれてる。あぁ、悲しいなぁ」
ゼロは信じられなかった。自分の腕が、そこで止まっていることを。
自分で止めたつもりはない。しかし、なんの制限もなく腕は確かに止まっている。
痙攣し震える手が、自分のものではないように思えた。
先ほどの動けないとは、違う。
動けたのにも関わらず止まり、殺せなかった。こんなに深く殺意がありながら。
ふざけんな。それならこんな腕なんざいらねぇ。こいつを殺す!
ゼロの腕は黒く染まり、悪魔の腕と変化。再び動き出す腕を少年は恐れなかった。
「やめた方がいいよ。兄さんは、ほんとに優秀だったんだから」
血が噴き出す。少年の胸からでも首からでもない。
ぼたぼたと零れる血は自分の口から滴っていた。
「…ほんと、憐れだね。コード:ゼロ。ぼくを殺したくても、殺そうとしたら君が先に死ぬよ」
せき込み、吐血を繰り返す。
心臓が乱れ打つ。血流が、早すぎる。
ゼロはその中で、なんとか冷静に頭を回した。
しかし、何も答えは出なかった。
「…ねぇ聞こえる?ぼくの問いに答えてくれるかな。
ぼくを殺せないし、殺そうとしたら死んじゃうし、体を縛ってるのは吸魔石だから、思考能力もティナの力も落ちてくるよ。
だから、諦めてくれるよね?」
ゼロの顔を覗き込み、傷口を杖の先で抉りながら少年は嗤う。
「君が生まれてから今までのこと。簡潔にまとめて、それでいて全て。今ぼくに話せ。これは命令だよ」