12
「すごく久しぶりだ。そうだな…10年ぶりくらいかな。ぼくも変わったけど、君も変わったね」
なんだ、こいつは。
「ぼくがわかる?わからないよねぇ。こんな子供になっちゃってさ。しかも魔力もなくなって。
ホント最悪だよ。でも君がいるから救われる。会いたかったんだあ」
俺は知らない。脳裏をまさぐっても、こんな奴の顔は知らない。
「あの時のこと、ぼくは忘れてないよ。君があんなことをして…兄さんもぐっちゃんぐっちゃんになってさ。怒ってるんだよ?これでも。一応兄弟だしね」
知らないのに、どうして俺はこいつを殺さなければならないと思うんだ。
殺したいでもなく、壊したいでもなく。
殺さなければならない。消さなければならない。
ならいいさ。殺せばいい。ティナの衝動にしろ他の理由でも殺せば済む話ならそれでいい。
なのに、俺は、なんで動かない。
なぜだ?理由はなんだ?
……くそ。頭が割れそうだ。
『……ゼロ、どうした?なにか問題でも』
「っっっっ!!」
通信を破壊する。
どうやってやったんだよ。俺。
あいつは頭に直接語りかける常識外れなやり方してんのに。
「…ここは通信遮断の魔法陣組んでるんだけどなぁ。そんなにすぐに切っちゃったら原因もわからないじゃないか。君の連れは、結構優秀みたいだね」
…だめだ。何も言えない。
ぐだぐだと話しかけてくるところを見ると、こいつは俺が記憶を失っていることを知らない。
なんとなく、それを知られるのは危険か。
ああ、いいからさっさと殺せよ。こんなガキ。
なんで、俺の体は動かない。
「ねぇ。会いに来てくれたのは嬉しいんだけど、理由は…やっぱりあの子なの?」
脳内に電流が走る。
"あの子"
意味するのはあいつだ。白い髪のガキ。
こいつはあいつを知ってる。知ってて、煽るように、言ってる。
「そうだよねぇ。何も言わない、か。まぁ昔から何も喋らなかったしね。…まぁいいよ。時間はあるんだし」
シルクと呼ばれるガキが一歩近づき、俺は一歩後ずさる。
ダメだ。これ以上はもたない。
俺が周りの魔力も感じられない。俺の魔力すら操れない。乱れている。
このままじゃティナ堕ちしてもおかしくない。
「どこ行くの?」
あいつを通り過ぎることもできず、後ろの壁を破壊しようと手をかける。
くそ。力が入らねぇ。魔力を使いすぎたか?
んなわけあるか。ここまで調整して使ってきたはずだろうが。
「そっかぁ、だよねぇ。ぼくも君は逃げると思った。離れるのが一番有効だからね。
うんうん。でもそうはさせないよ。ぼくだって、君を追い求めてやまなかったんだから」
ガキが分厚い本を開き、もう片方の手で杖を持つ。
その一ページを杖で叩くと、銀がやるように空中に映像が浮かび俺の目の前にきた。
その映像は、部屋が水で満ちていく映像。これは…牢獄内か?
「イーリス。まさか彼女がぼくのカギになるとは思わなかった」
後ろを振り返る。
映像は次々と出現し、首元まで水に漬けたイリスの姿が写った。
ガキは、にやりと笑う。
「彼女を外の世界に出したのは気まぐれだった」
鼻歌まじりに、こいつは映像を出していく。
水の中で杭に貫かれるヴァンパイアの姿が流れた。
「それでどんな経緯があったのかはわからないけど、結局君をここに連れてきてくれた。彼女は、ぼくにとって天使みたいに大切な子なんだけど…こんなギフトをくれるなんて思わなかったよ。そしてぼくにとって天使のようなイーリスも、君という宝石には敵わない」
水かさが増していく。
止まる様子はない。
「もうアビスシードはいらないし、彼らは失敗だ。ぼくにとって十分じゃない」
ガキは満面の笑みのまま、懐から短剣と液体の入った瓶を取り出した。
遠くからでもわかる。純銀の剣と最高品質の聖水。
「コード:ゼロ。君がぼくから去れば、あの水はあのまま増えていく。君がここにきてくれるならイーリスたちは助けてあげるよ」
…最悪だな。ホント最悪だ。
あの犬もヴァンパイアも何してんだよ、ホント。
敵はそっちに一人もいねぇのに勝手に死にかけてんじゃねぇよ。
「…望みは」
まぁ、しょうがねぇな。
出来るだけ守るっつったしな。
今も、不可能ってわけじゃ、ねぇし。
「君の記憶だ」
ガキは嗤いながらそう言って、俺の胸へと短剣を突き刺した。