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「脱獄、した?」
「ああ。シルクだろ?あいつ、あの騒動の日に堂々と出て行ったぜ?出て行ったというか…連れてかれた?ってかんじか」
「ま、待って。なのにここでみんなに寝る時間決めたの?」
「そうなんだよなぁ。あいつふらっと戻ってきて何かごちゃごちゃしててよ」
わたしたちは、次のオトナへ話を聞いていた。
長くここにいるらしい彼が、そんな爆弾発言をかましたのだ。
だって、意味が、わからない。
なんでシルクってば行ったり来たりしてるの?
というか連れ出されたのにそんな自由にしてるってどういう意味だ?
そして何で戻ってきたんだ?
「う、ウラガは!?ウラガはどうしたの?」
「あいつは死んだ」
「……え?」
「あいつは処刑された。お前ってさ、イーリスだろ?その髪色。まさか戻ってくるなんてな。見違えたよ」
「処刑されたって…うそでしょ?ウラガが死ぬなんて、そんなことありえない!」
「おい無視か」
シルクがここを自由に行き来してて、理由もわからくて、ウラガが死んでるって。
どういうことだ。なんで、そんなことになってるんだ。
「…お前の脱走事件、あれの責任とらされたっていうか、なんかシルクと揉めてたっていうか。よくわからんけど、あの水場に入って死んだ。シルクがそう命令しているように見えなくもなかったな」
血の流れが止まったような気がした。
ぞっと冷えわたる体にぐらぐらする視界に立っていられない。
何もわからない。意味が理解できない。
シルクは地上に出ていて、ウラガは死んでいて…、それだけでも意味が分からないのに、シルクがウラガを死なせた?
あの水場とは、唯一外につながるらしいところだ。
中にはごみを砕くための装置や、濾過装置や網とかがあって、海にでるまで数時間も処理されるところ。今回のようなリセットのために使われる場所だと思う。
実際見たことはないし、もちろん入ったこともない。
でも、その水路がある意味を考えると、外につながっているけど生きては出れない。それどころか遺体さえも残らない。そんな水路のことだ。
そこにウラガが入った。シルクが命令した。
「し、シルクに、会わないと…」
「イーリス、顔が真っ青じゃ。少しじっとしておれ。
おい、そこに人間!シルクとかいう者は今はどこにいる!」
「しらねぇけど、ここにはいないなら地上じゃねぇか?それかあいつの研究室的なところ?」
「研究室?なんじゃそりゃ!そこに連れて行け!」
「いいけどよ。あんたら何者だよ。綺麗なねーちゃんに、お前はティナ持ちか?」
「おれはくがねだ!!」
「妾がティナ持ちじゃ!」
「……ま、いいや。ついてきな」
頭が、回らない。
わたしはおかしくなったんだろうか。
シルクとウラガを助けに来た。
死んでいる可能性だってもちろん考えた。
でも、処刑ってなに?シルクと揉めたってどういうこと?揉めて、殺されたっていうの?
シルクは?どうしてそんなに外にでたり中にはいったり…いったい何をしているの?
駄目だ。考えがまとまらない。何から考えていいかもわからない。
「イーリス、しっかりせい」
「る、ルナ…」
「こうしている間にもルシファは戦っておる。そなたがそんなではあやつも頑張りがいがない」
ゼロさん。
そうだ。ゼロさんが、わたしのために時間を作ってくれてるんだ。
きっといつもみたいにめんどくさそうに、それでも最善を尽くしてくれている。
それなのに、わたしはこんなでいいのか?いいわけがない。
「うん。ありがとう、ルナ」
わたしは駆け出し、情報提供者であるオトナのすぐ近くまで来た。
「どうしてわたしたちのこと、知ってるの?」
「そりゃ有名だったさ。赤黒い髪の凶暴なガキ、青い髪のクソ頭いいガキ、変な髪色の器用なガキ。その3人で、人の肉まで食うオトナの中で生きて、ティナ持ちを殺して、挙句脱獄まで測ったんだ。トラブルメーカーというか、子供らしいというか、無謀というかな」
オトナは苦笑する。
「お前らは知らなくても傍観者としては有名さ」
それから歩いて暫く。
わたしもあんまり来たことのない場所で、昔の名残のような鉄格子の檻が並んだところだった。
小さな白骨体がいくつも散らばっている。大きさらして、たぶん子供だ。
何故シルクがこんなところに?その質問は飲み込んだ。自分の目で確かめる必要がある。
「時々だが、シルクはここにいるよ」
奥に部屋があった。
血まみれのカーテンで仕切られた、小さな部屋。何か嫌な気配がする。
「うげぇ。いつ来ても、ここは最悪だ」
先に部屋の中をみたオトナが目配せで覚悟はいいかと告げる。
わたしは頷き、ルナとクガネは何があってもいいように構えた。
そして、オトナはさぁっとカーテンを引いた。
「っっっっっ!!」
わたしの息は止まり、ルナは目を背け、クガネは目を丸く見開いた。
そこにいたのは子供だ。いや、子供だったものだ。鎖につながれた彼らはもはや人の形をしていない。
時折見ることがあった。アガドで人じゃなくなってしまった人たち。
それでもここまで酷くはない。腕がないとか、指が多いとか歪んでるとかそれくらいだ。あとは皮膚の色が違うとか。
こんなに…こんなに人間を捨ててしまった人はいない。
体はどろどろで、髪もなくて、手も足もどれがどれかわからない。
まるで体が水になったみたいで、目玉だけがぎょろぎょろと動いている。
人とわかるところが、見当たらない。
ただ人の部分が、目や鼻が、数もバラバラだし位置もおかしいけど、たしかにある。
だから、人なのだろう。人のはずだ。
「イーリス。余計なお世話だが、これは忠告だ」
オトナが口を開く。
「シルクは、やめた方がいいぞ」
それが引き金か、単なる偶然なのか。
天井から発射された細い杭。それがオトナの脳天を串刺しにし、部屋の入口が爆発した。
一瞬の爆風で、部屋の中には串刺しにされたオトナと人じゃなくなった子供たち、そしてわたしだけになった。
「いーりす!!」
爆発で完全に閉じ込められた。頼りのルナもクガネも崩れた壁の向こうだ。
奇跡的に爆発くらっても大きなケガはしていない。大丈夫、骨も折れていない。
「クガネ!わたしは大丈夫!そっちは?」
「はりがいっぱいだ!ぜんぶよけてる!」
どうやらさっきのオトナを殺した杭が今度はクガネ達を襲っているようだ。
二人は大丈夫。避けることも壊すことも簡単だ。
悔しくて悲しいけど、これでわかった。
これはシルクの仕業だ。
シルクは、罠を張るのが大得意だったから。
だからここは本当にシルクの部屋だ。それなら、わたしの声も届くだろうか。
「シルク!…シルク!!わたしだよ!イーリスだよ!どうしてこんなことをしてるの?何があったの?ウラガはどうなったの!教えてよ…顔を見せてよ!シルク!!」
胸のなかに渦巻いた言葉を解き放ち、わたしは声を張り上げた。
聞こえるかどうかなんてわからない。でもそうせずにはいられなかった。
当然のように返事はない。
その代わりに、部屋からごぼりと音が鳴った。それから更に音は増して、足元に水が伝い床や壁から水が噴き出してきた。
その意味が、わたしの混乱した頭でもすぐにわかった。
「イーリス!無事か!」
「ルナ!部屋から、水がいっぱい出てきてる!」
「こっちもじゃ!これは…銀龍が言っておったリセットの前準備か!?確か水で浸して数時間とか数日とかどうとか…」
それは、早すぎる。
銀さんがその時期を見誤るとは思えない。
ということは誰かがそれを速めた。誰が?このタイミングでそれを誰が…。
「………シルク!!!」
わたしは壁に拳を叩き付けた。