09
「……いま、ぜろがなんかいってたぞ」
「うそ。何してるんだろ」
「おれでもあんまりきこえなかった。ずいぶんふかいんだな、ここは」
「ここは海底付近じゃからの。深海から地上の音が聞こえるかどうかなら聞こえまい」
わたしたちは牢獄内をぐるぐると歩き回っていた。
最初は湧き上がるような恐怖で、頭まで回らなくなっていたわたしだったけど、ルナが「安心せい!」と叫びながら壁を3枚ほど拳で壊したのを見て、なんかどうでもよくなった。
そしてクガネが目覚めて、猶更元気がでた。クガネは嗅覚の調整というものを覚えたらしい。
「じゃないとおれはしぬ!しぬきになればなんでもできるんだぞ!」
とのこと。ゼロさんから学んだようだ。
よし、わたしも死ぬ気でシルクたちを探そう。
「そんなことより、イーリスよ」
「なんでしょう。ルナさんよ」
「ここは、こんなにも静かなのか?」
そうなのだ。
ここに入って結構な時間が経つと思うんだけど、シルクやウラガどころか誰一人見当たらないのだ。
確かに人の気配はする。人が生きていた痕跡もある。でも、まったく目にしないのだ。
「…ひっこしか?」
「いや。クガネ、それは違うと思う」
どうして誰もいないんだろう?
どこかに隠れているってことになるけど、そのメリットも無いと思う。たぶん。
だって全員が隠れてるなんておかしいでしょ。どんなかくれんぼだよ。
「おれががんばって、いきてるやつをさがすから、そいつにきいてみよう!」
「そうだね。クガネ、お願い」
どうやって探すのか。鼻がだめでもクガネには耳がある。
狼のような立ち耳をくるりくるりと動かして、辺りの音を探るのだ。
「…………あっちだ!」
クガネが走り出す。見失う前にルナが尻尾を掴む。やれやれと額の汗を拭って、歩いてその場所まで向かった。
クガネの速度にはついていけないからホントに焦る。
そこにいたのはオトナだった。
食事中という最悪なタイミングで、尖った歯でぐちりぐちりと死肉を食んでいる。
ああ、久々にみると、なんかやっぱり怖い。
「いいいぃぃいイーリス!?なんじゃ、あれは!ひひひひひ人の肉を食うておるぞ」
おっと。ルナ、こうゆうのダメなタイプだったか。
「う?にんげんはおいしくないぞ?」
ちょっとクガネくん。ものすごい爆弾発言ですね。
「妾ホラーだめなんじゃけど!!」
あなた人の血を吸うヴァンパイアでしょうが。
「とにかく落ち着いて。ルナとクガネに比べたら、あんなオトナ弱いから…」
「があああああ!!!」
落ち着かせる暇なく、誰かさんが特攻。
「せせせせせい、ばい…成敗じゃーーーー!!」
続いてもう一人も。
どうしよう。頭痛い。
憐れなオトナは突然現れた獣っ子に蹴られ、続いて現れた吸血鬼にビンタされていた。
壁まで吹き飛び、壁にどがんと跡をつける。
あ。これ死んだな。
「イーリス!なんじゃ、こやつらは!歯が尖っておるぞ!?ティナ持ちか!?」
「違う違う。肉を食べるためと武器のために歯を削らせてるの。オトナは」
「それはおかしいぞ!ぜんぶとがってなくてもにくはたべれる!!」
ああ、もう!!!
いいや。ちょっと無視だ。
「ちょっと、オトナ。生きてる?」
「あ、あ、あ……」
「なんで誰もいないの?」
「うあ、あう、うぅうぅ…」
だめだ。可笑しくなってるオトナだ。こういう人はまともな話はできない。
いつか、他の人に殺されて食べられるだろう。
「クガネ、次の人を探して」
「そいつはいいのか?」
「殺してあげるのがいいのかもしれないけど……ウラガ達が先。だから次の人を探ぞう」
「…わかった!」
次の人は程なくして見つかった。
今度は食事中ではなく、睡眠中だったようでルナたちが荒れることはなかった。よかった…。
起こすと、不機嫌そうなオトナはぎろりと鋭く睨む。
「教えてほしいことがあるの」
「…おめぇら新入りか?」
「そんなかんじ」
「けっ。まぁ人の肉を食ってる連中よりはマシか」
ということは、この人は人肉は食べていないらしい。
確かに見た目からしても余力があるというか…まだ食べるほどの窮地にはいなさそうだ。
わたしのことを新入り呼ばわりしてるけど、この人こそ新入りなのだろう。
まぁいいや。細かいことは気にしない。
「何が聞きたい?で。何を差し出す?後ろのねぇちゃんの体とか安くついていいんじゃねぇ?」
ルナの怒りが燃えあがる前に、後ろに下がらせる。
埒が明かない。
「食べ物」
「……なんだよ。食い物って」
「肉。もちろん人じゃないよ」
「何の肉だ」
「わたしの手製料理だから、いろいろ入ってるんだけど…。一口食べるくらいなら許す」
お弁当を広げる。身を乗り出してきたクガネを後ろに下がらせて、目の前でわたしがまずは一口。そしてオトナに差し出した。
「……うっっっめぇ!!!!!!!」
すごい叫ばれました。
「後ろのねぇちゃんより100倍いいや!何が知りたい!?あ、あとこいつはどのくらいもつよ?いつ食えなくなるかな?あー、でも誰かに取られる前に食った方がいいな!うん!」
すごい良い人っぽくなるオトナさん。なんか目まで輝いている。
あれ?もっと作ってきた方がよかった気がしてきた。
・・・・よし。気を取り直して。
「ここの囚人たち、だいぶ少ないと思うんだけどなんで?」
「あー。減ってはねぇよ。ちょっと前だったかな。この場所にルールが定められたんだよ」
「ルール?」
がつがつと頬張りながら頷くオトナ。あ、クガネから殺気が湧いてる。どうどう。
「みんな眠いだろ。ずっと気を張るなんて大変だろ。休戦時間を設けよう。利害の一致だろ。
そんな変なことを言うやつがいてさ。外が夜の時間は休戦することになったんだよ」
「そんな…みんな従ってるの?」
「なかには動いてるやつもいるだろうよ。でも襲ったりするのは禁止だ。
外でもそうだろ?一人がルールを破ると袋叩きにあう。だからって今、単独行動できるような大きいチームもねぇしよ」
なるほど。力が均衡したからそんなことをしたのか。
頭がいい…というか、やったのシルクっぽいんだけど。
「…ちなみにやった人の名前。わかる?」
「えーと。シルッピっていったかな」
シルクだ。その時々ふざけるところ、ほんとシルクっぽい。
「その人はどこにいる?」
「おお?急に乗り出すなよ。
あと、場所は知らねー。あいつはぶらぶらしてる系だよ。一か所に拠点を決めてない。しかも噂じゃガキっぽいらしいぞ?」
「どこにいるか…知ってる人はいる?」
オトナはわざとらしく頭を抱える。そしてちらりと空き皿になった手元の器を見た。
そして厭らしく、こちらをみる。
「あー、どうだったかなぁ。そうだなー。もっと食えばなー。うーん」
あ。こいつ嫌いなタイプだ。
そう思ったらわたしよりもそう思ったらしい人がいた。
「一人でイーリスの手料理を喰らっておいて何を言うか貴様ぁ!!!」
「ころすころすころす!!」
「磔にし、全身の皮を剥いて塩を塗りたくり、そのまま太陽で妬いてくれようか!!!」
「ころすころすころす!!」
「ひ、あ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「謝って許されるか、たわけものが!万死に値する愚行じゃ!幸福な夢は二度と見れぬものと知れ!!」
…えーと。なんかありがとう二人とも。
その人、悪気はなかったんだろうから許してあげてね。目線だけで殺されそうだよ。その人。
あと、いろいろ終わったらいっぱい料理作ってあげるからね。絶対。
「…えーと。それでどうかな?知ってる人いる?」
がくんがくんと頷くオトナはその人の居場所を教えてくれた。
皮は剥がれずに済んだけど、絶世の美女に踏まれたままビンタを何度もされていた。
若干嬉しそうだったのがわからない。
「二人ともありがとね」
満足げに二人とも頷いていた。
シルクが生きている。それがわかっただけで漲る力が違う。あとは見つけるだけだ。