06
兵士や軍人、中には腕に覚えがある町人までそこにいた。
自分の国への襲撃に対して、逃げ惑う者より武器を手にするものの方が多い。それがアガドルークという国だ。
しかし想定したものと現実は違う。
突然発生した青みがかった霧。
途端に身に覚えがない壁ができたと思えば、味方同士が急に剣をぶつけ合った。
慌てて周りで止める。
止めるも、当人同士は化け物だという声を止めない。
混乱を避けるために気絶させて、道の端へ転がしたら、何故か彼は消えた。何故だと慌てて駆け寄ると足場がなくなり、下は岩山と海。風の魔法の持ち主だけは生き残った。
戦士たちは混乱する。
混乱するも牢獄へ辿り着かんと橋を造り、その理解できない不可解な場所から離れた。
戻ってきたものはいない。
当然だ。アガド牢獄へ辿り着いたのだから。
「な、なんだぁ!??」
「うわぁあああああ!!」
その混乱が最高潮に達する。
アガド牢獄へ辿り着く一本の橋。それを守るように突如君臨したのは、巨大なトラと炎を纏った九尾の狐だ。
大地は急に焼け野原へと変わり、霧が更に濃さを増す。手を伸ばした自分の指先さえも見えない。
加えて音も届かない。濃い霧はそれさえも飲み込んだ。己の声も、隣であがっているはずの声も、届かない。多人数できたはずなのに、孤立しているかのような感覚に陥る。
そして炎が足元を舐める。熱いと思う。体を炎が這う。それで悲鳴をあげた。
恐れながらも狐へと向かう戦士がいた。それを狐は嗤い、たやすくその人を喰らった。
その光景はありありと目に焼き付く。
ばりばりばり、ぼきぼきぼき。ごくん。そんな音は、耳にこびりつく。
真横でそれが起きたかのように、目や鼓膜に刻み込まれる。
「うおおおおお!」
果敢に挑む兵士がその剣を狐の脳天へと突き刺した。
それでも狐は嗤い、血の一滴も流さない。そして、剣を突き刺した兵士は消し炭になるまで燃やされた。
人の焼ける臭い、焼かれる声。
「い、いやだああああ‼」
喉が千切れんばかりの声は誰のものか。
戦士たちは逃走を開始した。
誰も見えずに孤独を感じながらも、皆が逃げている感覚はある。
虎が追ってくる。雄々しい雄叫びをあげている。魔法を放つがダメージを負った形跡はない。
背後では悠然とした狐が長い9本の尾を揺らしながら、虫でも見るかのように嗤っていた。
断末魔が響く。視界はないまま音だけ届く。
燃える。
足元に消し炭になった人型が転がっている。人の焼ける臭いが鼻腔を支配する。
助けてくれ。死にたくない。痛い、苦しい、苦しい。殺してくれ。
「ああああぁぁぁあああああぁぁあああ!!!」
意味のない叫び声が支配する。恐怖が伝染し広がる。
ここを離れなければならないとしか、考えられなかった。
「なんじゃこれ。ゼロの技か?」
その悲鳴の中に、違う音が届く。
「いやー。ゼロのは個人単位の精神破壊だろ?こんな集団で同じもの見て、転げるのはちがうっしょ。こっちにもばっちり効いてるし。なに、あの大狐」
「ボク、効かないみたい。トラしかいないよ?あ、でも炎は本物。足こげちゃった」
「シュウは精神も死んでるからなぁ」
そんな間抜けにも聞こえる声で、数人が我に返った。
それに目も向けない彼らは、そのまま虎へと歩みを進め、その中の大将であろう髭面の男がぎろりと睨む。
「そこにいるんだろ?ティナ持ちか?とんでもねぇ幻影作りやがってよ!!」
そんな言葉と同時に、一帯を貫かんばかりの雷が天から降りそそいだ。
新たな悲鳴が響き渡るのも同じときだった。