03
真っ暗じゃ。何も見えん。そして、とんでもない臭いじゃな。
妾の血の守りがなかったら、妾もクガネみたく伸びておったかもしれん。
うむ。暗さに慣れてきた。
何せ妾はヴァンパイア。夜の生き物。闇なぞ怖いどころか親しみ深く感じる。
「大丈夫?」
「ひどい、臭いじゃ」
「ここはごみに一番近いから、生ごみもだけど、落ちて死んだ人の死体とかも埋まってるの。早く離れるよ」
イーリスは、いつになく緊張した面持ちをしておった。
ここはアガド牢獄。
一度入ったものは出られない地獄牢屋。そこで暮らしてきた感覚が戻ったのだろう。どことなく、野生的な雰囲気がある。
「イーリス。そなたは妾が守る。だからそんなに心配することはない」
「…うん。ありがとう、ルナ」
それでも警戒した顔つきを変えない。
もうよい、生まれながらの本能的な何かだろう。そう考えておく。
だが、そんなに壁際を歩かなくてもよいではないか。
「わたし、すごく大きくなってる…。知ってたけど、すごい実感するなぁ」
「うむ。前とは随分違うぞ」
「シルクたち、わたしのことわかるかな」
うーむ。
そこなのだが、本当にそやつらは生きておるのだろうか。それを聞いたらとんでもないことになりそうだから言わんが…。
そやつらが見つからなかったら、イーリスは永遠とこの牢獄内を彷徨うのか?
……うううううむ。
「それにしても役にたたんの!そなたは!」
いい加減抱えておくのも面倒になってきたぞ!クガネ!
臭いのはわかるが、そろそろ起きても罰は当たらんぞ!
「クガネは起きない方が楽かもしれない。臭い、きつくなるかもしれないし。クガネだから、戦わないといけないときには起きるよ」
イーリスの目には、明らかに恐怖があった。
きっとこの世界で15年もの間。
常に恐怖し身をすくませながら生きてきたのだろう。
その状況で生まれる強さもあるが、子供という弱い存在にこの場所は辛すぎる。
強くなり、大きくなった今でも刻み込まれる程の世界だったのだ。
「そなた…よく生き残れたの」
転がる頭蓋骨の残骸を横目に、自然とぼろりと言葉が漏れた。
それに対して、イーリスは苦笑する。
「二人が、いたからね」
その顔は悲しそうだった。だから、イーリスの覚悟もわかった。
二人が死んでいる可能性を、考えない程能天気でも無責任でもないということか。
「探すぞ!」
「…うん」
弱弱しい背中をばしんと叩き、イーリスの前をがつがつと歩く。足音もたてて、周りを威嚇するかのように。
妾は、怯えた友は見たくないのじゃ。