07
話し声がして、目が覚めた。
煙草の臭いと、ゼロさんの声。まだ会ってからちょっとしか経ってないのに慣れてしまった臭いと声だ。
とても落ち着く。ちょっと寝たふりしていよう。
それにしてもここはどこだろう?
また岩だらけだ。でも、ちょこちょこ草とか木がある。ジルおじさんの声も聞こえないし、いつの間にか移動したのだろう。
あ、お別れ言いそびれたな。あの人たち。
きっと悪い人じゃないのに。
「おい、もう切るぞ。ガキが起きてる」
あれ?気づかれてたらしい。話し相手は会ったときと同じ空中だったみたい。通信機っていってたかな?遠くの人と話す機械だ。
「調子はどうだ?」
ゼロさんの長い指先が額に触れて、それから首筋をなぞる。くすぐったいのに、なぜか動けない。
「魔力の流れも問題なさそうだな。少し体温が高い………。まぁどうでもいっか、そんくらい」
いいんだろうか?
「わたし、どうなったの?あんなの初めてだったよ」
「風船が爆破しそうになった」
「……どゆこと?」
「気が向いたら詳しく教えてやるよ」
……気が向くことはない気がする。
「少し移動する。歩けるか?」
「うん。大丈夫」
岩の上をぴょんぴょんと飛び越える。
よしよし、体も動く。美味しいものを食べて調子が良いくらいだ。
岩だらけの坂を登る間、ゼロさんはゆっくりと進みながら煙草を吸う。わたしは見るものすべてを吸収しようと目を皿のようにして辺りを見渡していた。
一番のお気に入りは、やっぱり空だった。
月と星を受け止めた夜空はどこまでも吸い込まれそうだ。
「ねぇ、ゼロさん。星ってなに?」
「さーな」
「じゃ月は?」
「知るか」
こんな感じで楽しく歩くと、むわりと熱くなってきた。動き回って、岩を飛んだりしたせいか、汗が頬を伝う。ゼロさんの前を歩いてたのに、追い越されてしまった。
「ククク、バテたのかよ」
最初から知ってたんだろう。意地悪な顔だ。
「暑くて、ちょっと疲れただけ。急にどうしたんだろ?」
「そういう場所なんだよ」
ニヤリと笑うゼロさんがふと消える。驚いて追っかけると、断崖絶壁を軽々と飛び降りて、その下で着地していた。
「飛べるか?」
「てぃっ」
飛べないけど飛んだ。行かねばならないからだ。
心臓が置いていかれてるような感覚は一瞬で終わり、体がしっかりと固定された。ふわりと、なんの衝撃もなく。
「っっ馬鹿かよ、お前!着地する気なかったろ!」
人間業ではあり得ないほどの高さまでジャンプしてくれたらしく、ゼロさんがわたしを抱えて着地したときには足元の岩が砕けた。
「着地できないよ、こんなとこ」
片手で軽々と受け止めていたゼロさんは、またもわたしを猫掴みにして眉をつり上げて怒鳴る。
猫についてはジルおじさんに聞いたぞ。にゃ~って泣くんだ。
「ならもっと躊躇えよ、どアホ!」
「受け止めやすいようにのびーーって飛んだの」
猫掴みされまま、のびーってしたらゼロさんはおもーいため息をついて、わたしをそのまま担いだ。飛んだ崖が目の前にある。
呆れたように髪をかきあげるゼロさん。
「会って数日も経たない大罪人を何でそんなに信じられんだよ…」
言葉は独り言のようだった。
小さな、重い声だった。
「ゼロさんなら大丈夫かなって」
わたしの言葉に返事はなく、そのまま黙々と歩くだけだった。冷静になると、よくあの高いところから下も見ずに飛んだなと、我ながら感心していて……。
「ふあっ!?」
そんな油断真っ最中のときにまたもやポイッと投げられ、綺麗とはいえない着地をすると、目の前にもくもくと煙の上がる水があった。いや、これくらいなら何かわかる。これはお湯だ!
「すごい!お湯が一杯だ!!」
岩がならんで壁を作ったお湯だまり。とても広いし、温かい。でもさすがに肉を茹でるには温度が足りないような気がするんだけどどうかな……。これから温度あげるのかな。
「お前が入るんだよ」
「わたし!?」
お湯のなかになぜ入る??
ま、まさか……
「ぜ、ゼロさん、ごごごめんなさい!勝手に飛び降りたりしないから食べないで!!」
「食うか、馬鹿。体を綺麗にしろっつってんだよ」
「………なんで水じゃなくてお湯?」
「ガタガタ言う前に、さっさとはいれ!」
「ふぁだっ!」
蹴られた。
宙に浮いて綺麗な弧を描き、わたしはお湯のなかに音をたてて沈んだ。
足がギリギリ届くくらいの深さ。
慌てていたわたしにはその深さは危険ゾーンで、ブクブクと沈んでいった。
そう、わたしは泳げない。
やる機会がなかった。
「ほんっっっとに世話のやけるやつだな、お前は!」
「ずびばぜん」
早く助けにきてくれたおかげでそこまで苦しくはなかったけども、元はといえば蹴っ飛ばしたゼロさんが悪いよね?なんでわたしは謝ってしまったんだ……。
胸ぐらを捕まれたまま浅いところまで引っ張られ、そのまま服まで剥ぎ取られてまた沈められた。そういえば服、借りっぱなしだった。
「服、大丈夫?濡らしちゃった」
「こいつの元は俺の魔力だ。壊したら勝手にまたできる」
そう言いながら中身だけ回収して、ゼロさんは服を消してしまった。明らかに服に収まらないほどの武器やら煙草やら結晶やらがぞくぞくとでてくる。
なんでも元が魔力のせいで、ただのポケットが異次元空間みたいなものらしい。無限に入るわけではないが、見た目以上に入るし、ポケットが膨らむこともないようだ。
「どうやったら新しいのができるの?」
「魔力」
あ、はい。
よくわからないけど、物凄く便利だ。常に新品の服が手に入るんだから。
………それにしても
「気持ちいいよぉ………」
暖かい。すごく暖かい。顔がふぁぁっとする。
水で洗うのとは大違いだ。
それになんだか良い臭いがする。なんかちょっとぬるっとしてて、白く濁っててお湯の中の体が見えない。見えないけど、なんだかすべすべになっていく。
「ゼロさんは入らないの?」
「あとでな」
「今入ればいいじゃん」
背中を向けるゼロさんに喋りかける。喋りかけるが返事がない。
「一緒に入ればいいじゃん」
「お前、一応女だろうが!」
「ん?そうだけど。どうしたの?」
がっくりと項垂れるゼロさん。
心なしか指に挟んでるタバコも歪んでいるように見える。
だって、ほら。
濡れたままの服って気持ち悪いもん。わたしのせいで濡れることになったんだから、はやくこの気持ちいいのに入ってほしいんだもん。
「ほら!はやく!風邪引いちゃうよ!」
「誰に向かって言ってんだか…」
重いため息をつきながら立ち上がり、一緒に入るのかと思ったら反対方向に進む。
そして目の前の大きな岩を…
「よっ」
投げた。
「ぷぎゃぁぁあ!!」
目の前に落ちたそれは綺麗にお湯を二つに割って、わたしは浅い方に追いやられ、万が一にも溺れることはなくなった。
「これで文句ねぇか?」
壁側からゼロさんの声がする。
まぁいいか。ゼロさんもこれで入れるなら。
「ねぇねぇ!ここズバンと切れない?顔が見えないと話しにくいよ」
「話さなくて良いだろうが。静かにしてろよ、クソガキ」
「……ゼロさん、もしかして恥ずかしいの?」
「おい、死ぬか?」
「いえ。すみません」
こんなやりとりでも楽しい。
わたしはゼロさんのことをもっと知りたくて堪らないんだけども…それにはなんとこの壁は邪魔なんだろうか。やっぱり話は顔を合わせてするものだと思うんだよね、会話って。
だから特攻することにした。
「てぃやっっ」
岩を飛び越え華麗に着地……とはいかず、深いところにまた沈み、そのままぐーーんっと底まで潜って水面に顔を出した。
目の前にはゼロさん。
「……何してんだ、クソガキ」
「………」
ゼロさんの体は傷だらけだった。
切り傷に打撲のあと、弾けたような傷に火傷……全部塞がっているけど、それは新しい傷だった。きっとわたしと会う前の傷。ティナ持ちでも治らないほどの重傷だ。
「……ち。そんな面すんな。だから見せなくなかったんだよ」
「痛い?」
「別に。ただの痕だ。いずれ消える」
別にって言われても、ただの痕と言われても、それだけ痛くてひどい傷だ。
どうしても、顔をしかめてしまう。
「ゼロさんも怪我するんだね」
だからわたしは背を向けて、ゼロさんの横に並んだ。良い感じに座れる所もあったからちょうどいい。
「まぁな」
「強かったの?相手」
「俺の相手はな、多いんだよ。強いんじゃなくて」
岩にもたれて、だるーーっとするゼロさん。
「壊そうが落とそうが消そうが…夜が明けるまで何度も何度も何度も………!!」
「お、落ち着いて!!」
青筋から音がしそうだよ!?爆発しそうなんですけど!!
「……だから、多少無理してでも逃げる方がいいんだよ。どうせ殺したってまた次が来るんだから」
「そういうもの?」
「そうゆうもん」
でも、わからないでもない。
ゼロさんには夜の間という時間制限がある。敵からしたら、昼の時間に倒したいに決まってる。
だから質より量。ゼロさんだって人間だ。疲れたら怪我くらいする。
「ご苦労様です」
「その一言で片付けられるのも初めてだな」
少し目を細めて笑うゼロさん。
体が傷だらけだって何も怖くはない。ゼロさんはゼロさんだし、わたしにとっては英雄だ。
「あ、そういえば」
「あ?」
ずっと聞こうと思って聞けていないことがあった。ジルおじさんたちのせいで邪魔されてそのままだ。
「ゼロさんって貴族なの?」
「あ"ぁ??」
そのときのゼロさんは今までで一番不機嫌な顔でした。不機嫌というか、ものすごく怖い顔でした。
傷だらけでも怖くはないけど、ゼロさんって怖い。
長くなりました…。すみません!(>д<)