02
人並み外れたというのはこういうことか。
目にも留まらない速さで動き回る二人は、高威力でぶつかり合い、刀がせめぎ、時に拳や脚が打ち合う。
どちらも息を荒げて、それでも笑みは変えずに、粉みじんになりそうな破壊力の応酬が続いている。
「……大丈夫かな」
「問題ない」
わたしの呟きに素早くこたえた銀さん。
とっくにゼロさんからは目を離し、ルナティクスの水晶(?)に何かをしているようだ。ここと繋げる準備だろう。
「あの魔物は暴走した魔物への対処を心得ているのだろう。この場所に自我を失った魔物がひとつとしていないのが証拠だ。今のゼロの対処は奴に任せた方がいい」
「……ただ全力で殺し合ってるようにみえるんだけど」
泉の水が消飛び、巨木がバラバラと砕け散った。
魔物たちが必死で逃げ回ってる。クガネも走り回ってる。うん、遊んでるね。
「それも間違いないな」
銀さんは苦笑し、優しい目でその戦闘を眺める。
絶対にそんな微笑ましい雰囲気で見るもんじゃない。
「…あの短時間で例の魔力を使いこなしているようだな。もう問題ないだろう」
「え。あんなに暴走してたのに?」
「ゼロはそういう男だ」
銀さんの顔の横に木片が飛ぶ。瞬きもせずに銀さんは続けた。
「生き抜くためにはティナの力が必要だが、それは魔力の浪費が激しい。加えて常に抑えなければティナに呑まれる恐れもある。
だから、ゼロは常にティナの姿であることすら許さず、少しの無駄もないよう調整する必要があると、あのような魔力操作を覚えたのだ。それは剣技も銃も同様。すべては生き残るために」
いつか、軍のおじさん。ジルおじさんが言っていたことを思い出した。
…そうでもしなければ、生き残れなかったんだろうな…
なるほど。そういう意味だったんだ。
ゼロさんが天才だから、という一言では済まない程、痛いことも苦しいこともあったから、今があるんだ。
「……ちなみにゼロさんの魔力量ってどのくらいなの?」
「そうだな…。覇力にどれほど呑まれているか定かではないが、普通の人間の魔力が拳程度とするならば、奴の魔力はあの泉に匹敵する」
はははははー。
なんですか?それ。
わたしとかクガネなんて塵とかじゃん、そんなの。
「しかしあの魔物の魔力はこの森全体か。すさまじいな」
「森全体!?」
「あれは身の内の魔力ではなくそこに存在するマナを魔力と変換し用いているようだ」
シルバさん、それは反則でしょうよ。
「だから心配するな。ただじゃれ合っているのと変わらん」
じゃれ合いの果てに地面が真っ二つに割れましたけど本当ですか?
「クッハハハハハ!!」
突然の笑い声と、そのままばたりと倒れたのはシルバ。
全身ぼろぼろで、最初に見た綺麗で可愛らしい少女は泥や血で汚れていた。
「貴様、どこで覚えたかしらんがおぞましい技よ!剣技の中に、己の骨を砕きながら放つ技に、腕を切り落としながら穿つ技……。まことに殺すためなら手段を択ばぬ!」
「俺流」
「カッカッカッカ。恐れ入った!儂が人間ごときの行為を面白いと思うてしもうた」
ゼロさんももちろんぼろぼろで、見た目だけならシルバよりひどい。
最初に落とされた腕も戻ってないし、急所は全部避けているんだろうけど傷の数が多い。シルバの場合は片っ端から治っているみたいだけど、ゼロさんはそうもいかないし。
どさりと座り込んだのは間もなくのことだった。
「…ふざけた回復力だな。お前」
「儂と張り合うなど100年早い。
しかし……止まるどころか扱いおったな、その得体のしれん魔力を。貴様こそふざけた適応能力をしておるぞ」
「使えるもんは何でも使わねぇとお前に殺される」
「殺しはせんよ。ぎりぎりで止めるとも」
「あ?俺に手加減してたのかよ」
「さぁどうか。またの機会で試してみるといい」
余裕の表情で全快した体を見せつけるシルバ。ゼロさんの舌うちが響く、
「さて。騒々しい出会いとなったな、銀龍殿」
ゆっくりと歩みよるシルバを見て、銀さんが表情を変える。
冷たい氷のような視線でシルバを捕え、そのまま沈黙した。
時間がゆっくりと進む。
……え。なんで急にこうなった。
だれもしゃべらないし、空気さえ凍ったみたいだ。小さな風の音さえもなんだか響いているかんじ。
つばを飲み込むのも、呼吸をするのも躊躇うくらいだ。
そんな中、口を開いたのは銀さんだ。
「私に言うべきことはないか」
先ほどの戦闘での熱気が一瞬で冷えわたるほどに、冷たく静かな一言だった。
ゼロさんが倒れこんだまま少し得意げにニヤリと笑い、シルバは頬から汗を一滴落とした。
「言えないなら良い」
銀さんは、言わないなら、言いたくないなら、何もないなら、ではなく言えないならと言い切った。その意味をわかってか、シルバの目線が力なく下がる。
やっぱり。銀さんは規格外だ。
張り詰めた空気はクガネの元気な声で終わった。