06
月が雲に隠れ、少し薄暗い。俺の目にはそんな暗闇大したことない。とりあえず下で食事をとるガキの顔くらいは視えた。
ほんと、子供ってうまそうに食うよな。
「うがぁぁぁぁ」
グシャッ
ほんとなら、ちゃんとした場所で食わせた方がいいんだろうが、まぁいろいろとめんどくせぇ。
あの軍人の腕は悪くねぇし、いきなり町に連れていく身なりじゃねぇし、仕方ないと理解してもらおう。
そうだな。服、揃えねぇとまずいか。
俺の上着じゃ流石に不恰好だし、あれは一応俺の鎧だしな。魔法の効かないガキに、魔法耐性のある鎧なんていらねぇだろ。
「ぁぁぁああ」
「うっせぇな」
バギャッ
つーか、なんだよ。あの軍人ども。子供相手にへらへらしやがってよ。そのガキひとりにどれだけ苦労させられてるか。
脱出中は当然として、さっきの魔力開通だって楽じゃなかった。核なんていうちっせぇもんに穴だけ開けるとか馬鹿じゃねぇ?二度とやりたくねぇ。
そもそも他人の体に魔力を流し込むとか狂気だろ。あのガキ、理解してないとはいえよく少しも動じなかったな。
俺がされたら…考えるだけで吐き気がする。人の魔力が心臓を通るとか、首に刃当てられるより危険度が高い。
ほんと…すごいな。あのガキ。わかってねぇだけなんだろうけど。
「いい子じゃねぇか、イーリスちゃん」
「よぉ、髭の人」
「あんだよ。聞いてたのか。この距離でも聞こえるとか絶好調だな、おい」
琥珀色の酒瓶を片手に座るジジイ。少し酔ってんのか、顔が赤い。
ジジイは皿にのったツマミを間に置いた。
「ジルおじさん、だってよ。はぁいいなぁ、子どもは。声だけで癒されちまう」
干した魚に貝にイカ。ほんとじじくせぇ。洋酒にあわねぇよ。
「そんなに欲しけりゃさっさと再婚しちまえ」
「いや……そりゃ…」
「無理だろうけどな」
俯き、酒瓶の口を嘗めるジジイ。浮かれていた気分も落ち着いたのだろう。へらへらとした気持ち悪い面もやめた。
「ぁぁぁあー」
「そろそろ黙れよ、お前は」
バシャッ
「ほんとすまねぇな。シュウのこと」
「壊すだけだ。問題ねぇよ」
俺が太陽に弱いように、ゾンビは夜に弱い。弱いというより、深夜帯は理性をなくして人を食おうとする。
鍛えた剣の腕もなければ、避けることすらないから、弱いことに間違いはない。こうして上に乗っかってても、俺をどけるより噛む方を優先しやがる。
「それに、初めての食事がこんなの見ながらだと流石に悪いからな」
「初めて?どういうことだ、それ」
ほら、頭が回復したら体がどうなっていようが人を食おうとする。たとえ食えたところでお前の胃袋に剣が刺さってんだけど。
「……けっ。言わねえか。まぁいいさ。どうせ己が嬢ちゃんの助けになるわけじゃねぇし」
「わかってんじゃねぇか」
「くそ!ほんとムカつく!」
「こっちの台詞だ。それは。なにが長生きして欲しいだ。ふざけたこと言いやがって」
俺は確かに魔力操作に長けてる。人の魔力も自分の魔力に対しても、だ。だがそれはティナには関係ない。
「遅かれ早かれ、俺もティナに呑まれる。扱いに長けていようがな。ティナ持ちに長生きしろなんざ、無茶な願いにもほどがある」
笑えねぇ冗談だ。
なんだ?長生きって。力を使わずにぼんやり生きるなら多少長生きできるかもしれねぇが、そうさせねぇのはお前ら軍人だろうが。
「だから願うんだろうがよ」
ジジイは譲らず、そのまま酒を仰ぐ。
「おめぇも、シュウも。長く生きれねぇから生きろって願うんだよ。せめて標準の40はいってくれよ」
「無駄だな」
「うっせぇよ。こっちの勝手だ。口出しすんじゃねぇ」
まぁ俺に限ってはティナよりも、その前に誰かに殺られる方が可能性高いか。
こいつは……どうかな。夜はコレだが昼間は問題ねぇし、まだ大丈夫か。
「つかな、今戦ってねぇのも、嬢ちゃんがいるからだからな。ぼろぼろにやっちまったら、嬢ちゃんが大変だろうがよ。そういえばおめぇは体はいいのか?理性飛ばしたりしねぇよな?」
「だからなんで敵の俺を心配してんだよ、お前は」
「いいだろうが。己のー、勝手!そして嬢ちゃんのためだ!」
この酔っぱらいが。
「理性が飛んだことはまだねぇよ。体が勝手に暴れたことはあったが、大したことねぇ」
「たあしたこと、ねぇ、わけねぇだろお!」
「だからこうしてゾンビ使ってんだろうが」
「使う?おー、どんどんやってやれ!シュウ!嬢ちゃんのためだ!がんばれ!!」
ティナの影響として、俺には破壊衝動、殺戮衝動がある。そんときは何もかも消し去りたくなるんだが、こうして無限に破壊できる人間のお陰で今はそれにかられてはない。
体が暴れたときは……ちょっと色々やりすぎて抑えられなかったからだ。
「あーあ」
完全に出来上がった髭ジジィは、ぼんやりした目で月を仰いだ。
「己ぁ、悪いやつを捕まえたくて軍人になったのになぁ」
「よかったな。格好の獲物がここにいるぞ」
「違うんだよぁ。おめぇは、なーんか、違うんだよなぁ……」
なにが違うんだか。世の凶悪犯が霞んで見えるほどのことはしているつもりだ。
殺した人数も、壊した物の数も覚えちゃいない。
「悪いやつはなー、なんか楽しんでんだよ。悪いーことするのをなぁ」
真剣な目付きをしているんだろうが、顔は赤くて涙ぐんだ目じゃ迫力に欠ける。せめて言葉遣いくらいなんとかしろよ。
「それを楽しむから、奴等は止まらねぇし、だからこそ捕まってもくれるんだけど、おめーはなー、何もしなけりゃ何もしねーもんなー」
「さぁな。どうだろうな、それは」
「いや、何もしねーな。金なら誰よりも持ってるだろーし。ただおめーはな、命を軽く見すぎなんだよ。人のも自分のもな」
「説教はいらねぇよ、酔っぱらい」
「せめてな、自分の命くらいはもう少し大切にしろ。己が捕まえてやるまで死ぬんじゃねぇ」
「死ぬつもりも捕まるつもりもねぇよ」
酒を飲み干し、最後に残っていたジジイのツマミをかっさらった。驚いている間に酒瓶も奪い取り、中身を一気に飲み干す。
「う、うぉおぁぁぉぉい!!!」
「…ん。良い酒だな。黒島産か」
「嘘だろ!たたた高いんだぞ、それ!一本で己の給料もってかれるんだぞ!?大事に大事に、ちびちびと飲んでたのに……」
「体は大事に、だろ?酒は控えろよ、年寄り」
ゾンビの胸を貫いた剣を引き抜き、動かなくなった頭を念のために踏み潰したあと、崖を飛び降りた。あの酔っぱらいが喚く前に。
通常なら平気で追ってこれるが、あの酔いっぷりじゃ無理だろうな。弱いくせにあんな強いもん飲むからだ。
それから呑気に寝こけているガキのもとにいくと、ゾンビたちが運び出したベッドの上に小さく丸まって眠っていた。散りばめられた髪が月の光を受けて輝いて見える。
起こすのはめんどくせぇし、睡眠時間を考えるとつらいだろう。なんだかんだ脱獄したその日だし。
俺はシーツを丸ごと剥がし、そのままガキを包み込んで担ぎ上げた。
「ちょ、ちょ、ちょ。運び方ってもんがあるでしょうよ。ほら、お姫様だっこ。そんな荷物みたいに……」
見張りが慌てて近寄るが、こいつはジジイほど無警戒ではない。懐まで飛び込んできたりはしなかった。
「世話んなったな」
「いや、なんもしてねーっすけど……それより、その子アビスシードっすよね?頼むから見逃したってことばらさないでくださいっすよ。これ以上の減給はマジでキツイ」
「誰にバラすんだよ」
「へへっ。そりゃそーすね。あんたも大変っすね。敵の軍人とこーんな感じで」
「殺しにこねぇやつと、利用価値のあるやつは殺さねぇよ」
殺すのは簡単だが、やり過ぎると血が騒ぐ。
たぶん、こうして多少制限をかけるくらいはしないと悪魔のティナは俺を蝕むんだろう。
「なら、まだ利用価値があるってことか。結構ホンキで殺しにいってるっすもんね」
「どうだろうなぁ。俺の気分次第だからな」
「おぉー、怖。やっぱさっさと仕事しないとっすね」
俺は翼を広げ、爆風を起こしながら夜空へ飛び立った。これ以上話すことはねぇし、通信機で人を呼ばれたら面倒だ。
「まぁ時間も、これくらいがちょうどいいだろ」
目当ての場所に行くとするか。