01
感情を込めるような、何かを思い出すような、自分の中の何かを駆り立てるような。
これをするのを止めたのはいつだったか。
あー、あれだ。
1人の敵にコレをして、街ごと全部すっ飛ばした時だ。
俺自身もずたずたになって、しかも空になるくらいまで魔力を使い果たして、何が起きたかもよくわからなくて…。
こういう制御できないものを使うと、こんなことになるんだと思ってやめたんだった。
それを今になってやっても、この有様か。我ながら無様だな。
なんだろうな。俺のものじゃないような、この感覚。
やっと鍵を開けたかと、封印した別の何かが暴れてるみたいなこの感じ。
きつい。
自分が思い通りにいかないのは苦痛だ。感情が昂り、何かもわからない怒りや憎しみのような感情が全身を駆け巡る。
まぁそうでもしないと、銀の要求には応えられなかったからしょうがねぇんだけど。
あいつに全快の俺でも魔力量が足りないかもしれないってことは伝えなかったし。
あいつがキレるのも当たり前だな。
それより、どうすっかな。これ。抑えようとしても溢れ出してく。
俺にこんな魔力があったのかよ。それとも死ぬまで使い果たす気か?
「貴様は多大な魔力に踊らされ、ある意味で獣が魔物になろうとしている時と同じような状態だ。ならばその溢れ出す魔力を食い散らせばよいだけの話。こい、儂が相手をしてやろう。貴様に務まればの話だがな」
人間もどきの蛇がそう言った。
は。なんだよ、こいつ。本心は違うだろうが。人助けみたいな言い方しやがって。
ただ、俺という力を相手にしたいだけだろ。
ま、でも一理ありか。
抑えようとするから思い通りにもいかない。きついだけだ。
勝手に流れ出していく魔力を止めることはできなくても、扱うことは今の俺にも多分できる。
根拠?生きてから死ぬまで毎日やり続けた、生きるための戦いだからだ。
コイツの誘いに乗るのも、面白いか。
制限を外す。
間を開けずそこから飛び出し、刀を抜きながら切りつける。
既に覚醒状態だ。抑えなければ、体の調子はすこぶる良い。
「ふむ。よい一撃だ!」
白蛇は鱗状になった腕で一撃を止める。
ガキの顔をしているが、笑いすぎて口が裂けてんぞ。
「御眼鏡に適いそうかよ」
「何百という月日の中で、今日ほど心が躍ったことはない」
蛇が目をぎらぎらと光らせ、二股になった舌で唇を舐める。
「だが、まだ甘い!」
瞬間に俺の腕が飛んだ。
文字通り、左腕が宙を舞っている。
…おいおい、俺が反応できないほどかよ。
水圧…いや風圧か?やばいな、ほんとにわからん。
「若いな、小僧。もっと目に力を通せ。人間相手では今の状態で事足りても、魔物の神の相手は勤まらんぞ。五体のうちの一つを失って、乱れないところは尊敬にも値するが」
「は。なんだよ。お前が神だっていうのかよ」
今の俺の状態で見えない。しかもここまで闇を纏った俺の腕をいとも簡単に持って行った。
あっちが無傷なところを見ると、俺の闇すら影響してないんだろう。
なるほどな。面白い。
「いや。儂は神なんぞというそんな大それた者ではないが、いまはそうなってやろう。
そのティナを授かったからには、神を屠れるようにならねば、今の貴様の魂も安らぐまい」
「ティナの魂なんざどうでもいい」
「そうだろうな。だが、純粋な強さ比べは嫌いではなかろう」
こいつ…。なんか腹立つな。
流石に俺は蛇の感情はわからねぇし、魔力の動きも人間のそれとは違う。
…よし、集中しよう。殺す気でいく。
魔剣を召喚。でも、剣は要らねぇ。思ったよりこの刀はしっくりくる。
剣の形状を変化させ、腕甲へ変化。即席の義手にはなる。
「……長年生きて忌み子を見る機会はあったが、貴様ほど自由に能力を扱うやつはおらんな」
「どいつもこいつも不器用だな」
「貴様からすると、そうなるのかもしれんがな」
「死ぬ気でやればどうにかなる」
刀を構える。
くくく。刀や剣を構えるなんか、久しぶりだな。
「殺す」
「やってみよ。青二才が」
向かう。
白蛇も同時に飛び出し、蛇の牙のような爪で一閃を放つ。左腕で弾き滑らせるように刀を薙ぐ。蛇の胴がブレた。
魔力の動きを感じる。こいつからじゃない。後ろからだ。咄嗟に闇で、その魔力事態を破壊。白蛇の口から息が漏れた。
「二度目で理解したか!」
「てめぇ…空気中のマナを使えるのかよ!」
「反則とはいうまいな。儂は身の内にある魔力より、外にあるマナとの方が相性がよいのだ。このようにな!」
突然全身が水に浸かる。当たり前だが息ができない。
なんだよ。くっそめんどくせぇな!
体から発動してねぇってことは、先読みもできなければ位置の大まかな想定もできない。銀を相手してる気分だ
「面白くなってきただろう?小僧」
水を破壊し、消し飛ばす。
濡れた髪をかきあげると、得意げな面をさらす白蛇がいた。
面白い、ね。
もっと面白くしてやろうか。
「白蛇。人間の歴史を知ってるか?」
「ん?」
刀を鞘にいれ、構える。
翼は邪魔だ。闇も邪魔だ。2本の腕さえあればいい。
「人間の歴史…くだらなくて愚かでどうしようもないことくらいしか知らんな」
白蛇があきれたように目を閉じる。
その一瞬だ。
踏み込み流れにのり、風を切り裂きながら大地を味方にし、体の動きに任せて貫く。
白蛇の目が見開く。遅れて子供の手が飛んだ。
「そのどうしようもない歴史の中で、技を磨いたのが人間だ」
俺は技を習ったことも、鍛錬し磨いたこともない。
ただ、自然と武器を扱うことはできて、実践で使ううちに、俺の技は完成していった。無力化よりも殺すことに特化し、守りよりも攻撃を得意とした。
「俺は常に死と隣り合わせで生きてきた。生きるために、魔力も技も勝手に磨かれて、そうならなければ生き残ることさえできなかった。
どうだ?安全地帯の白蛇が。そんな俺との殺し合いは楽しいか?」
茫然と失った右腕を眺め、滴る赤い血を掬い、白蛇は口で弧を描いた。
「儂は、貴様の助けになるつもりだったが…」
白蛇の目は少女のそれとは思えない歓喜に満ちた。血走った狂気の目だった。
「認めよう、小僧。貴様は面白い!儂のわがままを言うなれば、このまま貴様が堕ちるまで斬り結びたいところよ!存分にこの死までの一瞬を楽しもうではないか!」
失った腕を刀へ変えて、白蛇は猛然と突進してきた。
刀を握り直し、俺もそれに併せる。
面白い。
殺したくなるな。
憎いわけでもイラつくわけでもなく、ただこいつを壊したい。
「呑まれるなよ、小僧。面白みが失せる」
「いや、無理だな。これは俺の本心だ」
剣劇は続く。打ち合い、せめぎ合い、弾けてぶつかる。
いつしか太陽は沈み、月が俺とこいつを嗤っていた。