01
私はゼロが行ったことをただ見ていた。
あれは洗脳だ。
壊れた心に悪魔の言葉はよく響く。ゼロという一個人の言葉なら猶更だ。それほどの影響力があいつにはある。
加えて精神を破壊する闇で覆ったか。正常な判断を失うくらいの微弱なものだが、今の状況下では薬物を使うよりも有効だろう。
ため息をついた。
人間の末路や行く末など興味はない。自分の作った連合といえどそこに情はない。だが、知識として、人間社会におけるゼロのした行為は間違っているのだろう。
復讐心や怒りを煽り、そこに生じる不安は「ゼロ」という名で払拭する。悪を正当化した。
あれは、私にはできない。
ほぼ100%有効な指示をすることはできる。
未来観測からの無駄のない動きを示すことができる。ただ、あのように軍団の士気をあげることや考えを導くこと、心を操ること。あれは才能であり、人を理解して、そして言葉にも行動にも迷いのないゼロでないとできない。人でない私にはわかりようもない世界だろう。
連合の人間たちは勢いのまま盛り上がり、自動的に周りと相談し始める。戦闘力の低い商人たちは街の復興や情報収集、資金集めの言論を交わし、戦闘力のあるものは仲間を集めんと街の外へ出て行った。
あれほど、無気力に嘆くか、怒りの矛先を向けることができずに彷彿としていた者たちとは思えないほどの動きだ。これならば、敵の駆逐と復興は同時進行に進む。私の手を借りずとも。
呆れる。
彼らの目には死者への悲しみなど欠片もない。娘を失ったと嘆いた彼も、奴らを殺すと嗤っている。
これほどまでに、一瞬で人の心とは壊れ崩れるのか。ここにいる誰もが、己の行おうとしている行為に迷いを抱えていない。
「上出来だろ?」
「……お前という人間が、そのティナを持つべきではなかったな」
悪魔の笑みを称えたゼロは、目の前の光景に満足そうに笑った。
「だろうな。けどこの方が効率的だろ。これでお前の出る幕はないし、ルナティクスの復興も早く進む。商人どもにありったけの魔石を用意しろって言っといたから、裏も多少はそれで凌げるか?」
「あそこは存在させるだけでなく、生きるための水も酸素もすべて魔力で補っている。魔石がどれだけ集まっても、数日しかもたん」
「……じゃ、別を考える。お前はあいつらに指示してやれよ。お前への信頼度は高いらしいしな」
「そうしよう」
ゼロは上にたつ才能がある。ありすぎるくらいだ。
私は人でもなく指示はできても、あれほどの活気を作り出すことはできない。心を動かすことにおいては無といっていい。
もしもゼロが王となり私が補佐をすれば…
ありえない未来に苦笑する。良い国とは言えないかもしれないが、決して倒れることのない強国になるだろう。いや、しかし奴が王の仕事をすることはないだろう。ということは、苦労するのは私になるのか。
「しろ?どうしたのか?」
「ふふ。いや、面白い考え事をしていた」
「う?」
「なんでもない」
ゼロは人を動かした。モラルや感情をすべて拭い去った、非人道的ともいえるやり方だが、私にできないことを奴はした。
次は私が彼らを導こう。
人は愚かで迷いやすく、簡単に人を裏切る生き物だ。指導者がいなければ、同じ道を歩くことさえできない。
「皆、私は銀だ。まとめ役を名乗り出よう。指揮を任せてもらえないだろうか」
そこにいる人間も、通信機の先の人間も誰も否定することはなかった。