19
ゼロさんは銀の連合を集めた。
負傷者も悲しみにくれる人も関係なく、その場にいる全員を集めて高台から声を張る。
「おい、お前ら。無様だな」
最初にゼロさんはそう言った。
ルナティクスの人に戦闘能力がない人もいるけど、大体はみんな気性が荒い。こんなことを言われて黙るはずもなく、暴言や罵声など怒りの声がとぶ。そんなこには意も返さずゼロさんはせせら笑った。
「自分の家も仕事場も娯楽も、全部壊されたくせに、何も出来ない奴が無様以外になんだっつーんだよ」
「ふ、ふざけんな!お前が言うかよ!こうなったのはお前のせいだろ!!闇の帝王!」
「だったらなんだ?あ?俺の敵がお前らの家を壊したから、俺に責任とれとでも言いたいのかよ。
言わねぇよなぁ?ここは、自由で全てが自己責任の場所だろ?」
ゼロさんは誰よりもここをわかっている。
してはいけないことはなく、しなければならないこともない。
全てが自由で、何があっても自己責任。
なにせここは無法地帯だ。取り締まる誰かはいない。
「ここでこのまま腐ってるなら好きにしろ。別の世界で生きてぇならそれも自由だ。勝手にすればいい。それがこのルナティクスって場所だ。
反対に、怒りが抑えられない、復讐心が消えない、殺したくて壊したくてたまらねぇ。そういう手の施しようがない馬鹿もいるだろ?」
友を失った人、家族を失った人、家や財産を失った人、己の体の一部を失った人。
ここにはそんな人が集まり、そんな人の中心でゼロさんの言葉が響く。声はルナティクス中に届き、通信機を通して連合全員に伝わるようになっていた。
連合の人のなかにあったのは怒りだけじゃない。悲しみ、悲嘆する心もあった。きっと色々とたくさんのものを諦めて、1から頑張ろうとする人もいただろう。
それをゼロさんは、真っ黒に塗りつぶしていく。
「それを愚かだと周りは言うだろうな。時間が解決するだとか、失ったものは戻らないだとか、綺麗な言葉を並べるのは、いくらでもできる。
それを飲み込めるご立派な奴は、悶えながら飲み込めばいいさ。悶えようが苦しもうが忘れようとしようが、現実は何も変わらない。
壊されて苦しむお前らが、なんで更に堪えねぇといけないのか。堪えても何も戻らねぇのになぁ」
ゼロさんの言葉に悲鳴のような声があがる。
喉から絞り出したような、ちぎれそうな声。
「オレは娘を失った!憎くて憎くて仕方がないさ!でもどうしろっていうんだよ!娘はもう戻らない!
敵もわからない!力もわからない!オレはそこまで強くもねぇ!みんなあんたみたいに自由にできるわけじゃねぇんだよ!」
「あ?何を言ってやがる。お前には手足があって、どんな武器でも持てるだろうが。鎖で縛られてない体があって、何が自由じゃねぇんだよ」
ゼロさんは立ち上がり、発言した連合の人に近づく。
「その手で剣を持って突き刺すか。突き刺さないか。それは能力じゃなくて、動くか動かねぇかだろ」
連合の人に持たされたナイフはゼロさんの首元へ持っていかれ、その刃が撫でるようにゼロさんの首を摩る。
怯え驚いた表情の連合の人と、悪魔の笑みを浮かべるゼロさん。ナイフを持たせたまま、ゼロさんは背中を向けて元の場所に戻った。
「馬鹿野郎どもに告ぐ。自分の身に起きた理不尽に対して堪えることができる聖人どもは消えてくれて構わない。そっちの道は利口で、世間一般的に正しい道だろう」
立ち去る人は誰もいなかった。
「その道に行けないなら、奪われたものは奪い返せ。奪えないなら相手の何かを奪え。そんなんで満足がいかねぇなら壊して殺し尽せ。
そんな真っ暗な道を踏みしめて、満足してから死ね。どう生きるかじゃなくてどう死ぬかを選べ。
生きるのは食って寝てれば勝手に生きるが、死ぬのはお前らの行動次第で決まるなら、死ぬ道を自分で好きなだけ飾って死ね」
悪魔の言葉に、殺気立つ集団。
どこか狂気じみたその空気は、身を切り裂くような、息ができないような。真っ黒で真っ暗な、そんな空気だった。
「神に与えられた命を踏みにじるな?軽く扱うな?
は。命はてめぇらのもんだ。好きにすればいい。自分の命も体も、好きにしていいのは自分だけだろうが。
そもそも今のお前らを否定するなら、人間に心を持たせた神の設計ミスで、お前らの起こす行為が神に背くとなじられるのは、責任転嫁だと笑ってやればいい」
狂ってる。
きっと、ゼロさんは、今ここにいる人たちを狂わせている。
やってやる。殺してやる。壊してやる。復讐してやる。
ぼつりぼつりと、そんな呪われた言葉が呪文のように紡がれる。そんな中でもゼロさんの言葉は心をえぐるように響いた。
「神が許すまいが、軍が喚こうが。お前らの後ろには俺がついてやる」
そして、爆発するカリスマ性。溢れ出す狂気を正当化する力と言葉。
「奪え、壊せ、殺せ。好きにしろ。誰にも認められなかろうが、蔑まれる間違った道だろうが、この俺がお前らの自由を認めてやる。お前らは自由を生きる狂人だろうが」
人間の咆哮が轟く。
獣のようなそれは、血走った目で血だらけの体で、傷だらけの心で叫んだ人間の復讐の声だ。その中心に君臨する、闇の帝王であるゼロさん。
帝王の名にふさわしく、そこにあるのは悪の権化と思える風景だった。