17
2日ほど経って、わたしたちは出発することになった。
大蛇さん…クガネがシルバと名付けた始まりの魔物さんは、手土産をたくさん用意してくれた。
『これは50年を生きた魔物の骨で作られた短剣だ。古き友の形見ではあるが…これなら小娘の手にも収まろう』
「あ、ありがとう!大切にします!」
『クガネ、これを。儂の牙を首飾りにした。災厄から貴様を守ろう。魔物との騒動があればこれを出すと良い』
「う!そうか!くびかざりははじめてだ!ありがとうな、しるば!」
『貴様には…何も要り様なものはないか』
「ねぇな」
わたしには短剣、クガネには首飾り。ゼロさんには何もなしじゃシルバも納得がいかなかったのだろう。
『ああ、では処理に困っているものがある。それを持って行け』
それはめんどくさい物を押し付けてませんか?
『数多の魔物を切り裂き、その血をすすった刀だ。自然と命を求める刀となり、魔物らの怨念ともいえるものが…魔力に近いものが宿っておる。始末に困ると封じてきていたが…』
シルバが取り出したのは、蛇の皮でくるまれた長い刀。
剣とは違い、細く緩やかに婉曲を描いているそれは、血を吸ったという言葉通りに真っ赤な刀身を晒していた。
鞘はぼろぼろで、もはや機能していない。
『使い手を死に追いやる妖刀だが、問題あるまい』
「ねぇな」
ゼロさんは平気でそれを掴み、蛇の皮をばりばりと剥がす。
研いだこともないはずの刀は、月明かりに照らされ鈍く光り、血を寄越せと言っているかのうようだ。
なんとなくわかる。ダメな武器だ
そう思ったら、ゼロさんはいきなり地面に刀を叩き付けた。
『…なにをしておる』
「調教」
剣でも刀でもそうだけど、刃の部分や切っ先は強くても腹の部分は弱い。腹の部分は、ただ薄い鉄の塊で武器としての性質さえない。
ゼロさんはその腹の部分を容赦なく地面に叩き付けた。ガン、ガン、という音がだんだんと悲鳴のように聞こえてくる。
なんだろう。ものすごく可哀そうになってきた。
「使えなかったら捨てとくな」
ここまでやってこの言いぐさである。
『…まぁ、良い。これは餞別だ』
最後に渡したのは古風な酒瓶。
あ、これはすごい良いお酒な気がする。
『最後の悪魔よ。良い生を生きよ』
そんな意味深な言葉を最後にわたしたちはシルバと別れることになった。
向かう先は月。シルバの魔力を使ってルナティクスへの道を開く。
通行料の魔力を渡すときの、げんなりとしたシルバの顔が印象的だった。蛇がげんなりするとすごく老け込むみたい。ちなみに渡すというより、月に向けて魔力を放ってもらったらしい。
わたしは見えないからわかんないけど、ゼロさんが通行料を払わなくてもいいのだ。
「くっっっそ!きついな、この酒!」
当のゼロさんは優雅にお酒を堪能中。なにやら、蛇を殺すのに使われた酒と言われている一品らしい。
くっそとか言ってるけど嬉しそうだ。
「おれも!おれもぺろっとする!」
「やめとけ。ぶっ倒れるぞ」
「じゃ、わたしも…」
「お前は死ぬから止めとけ」
死ぬほどのお酒ってどんなよ。
こんな騒いでも動じずに軽やかに走り続けるゴルドには感謝だ。
「あー、そうだ。クガネ、お前絶対に死ぬなよ」
「う?なんでだ?ぜろがおれのしんぱいなんてめずらしいぞ」
「心配してんじゃねぇよ。お前が死んだらティナが大量発生しそうなんだよ」
「つまりはしんでほしくないんだな!そうなんだな!」
「……」
「うれしいぞ、ぜろ!おれうれしい!」
「あー、うるせぇ!じゃれつくな!どけ!」
クガネが尻尾をぶんぶんと振り回しながら、ゼロさんに抱きつき、ゼロさんは全力でそれを引きはがしにかかる。
なんか、いいなぁ。こうゆうの。
「死ね!!!」
物騒な言葉と共に、クガネの口に一滴の酒が吸い込まれる。沈没した。
「うがぁう。ううう。ぐるるるるる」
沈没というか獣化した。というか何気に酒瓶から、一滴の酒とばす技術が無駄にすごいよね。その技術保持者は問題の酒を煽った。
「大丈夫?クガネ」
わたしは飲まなくてよかった。ほんとに。
「だってなー、いーりすぅ。ぜろはな、じぶんのことばっかでな、かなしいもないんだ」
クガネは酔っぱらうと目がものすっごく充血するらしい。ちょっと怖い。
「だからな、しぬなとかな、いわないんだぞ?しねってばっかりなんだぞ?おれはうれしいなー。
ぜろ。おれしんだらどうする?かなしいか?」
「だってよ?」
ゼロさんがそっぽを向く。少し間が空いた。
「……敵くらいはとってやるよ」
「ほんとか?すごいな!ぜろがかたきをとるぞ!おれもかたきとるぞ!やったなぁ」
だんだん、何言ってるかもよくわからないけど、ほんとに喜んでいるらしい。喉がぐるぐるいってるし。
クガネ、あなたは狼属性じゃなかったのかい?手触りのいいもふもふの髪と耳をなでていたら、いつの間にかクガネは眠っていた。ほんと何時でも何処でも寝る子だ。
「さて、うるさいやつが寝たところで、そろそろ飛ぶかな」
酒をしまって立ち上がるゼロさん。と思ったら倒れた。
「ゼロさん!?」
「……くっくくく。すっげぇ。俺酔うって感覚初めてだ」
蛇をも殺す酒は悪魔のゼロさんにも効果をもたらしたらしい。
とろんとした目をして、頭を抱えて笑う姿は、なんか新鮮だけど大丈夫だろうか。
「だめだな。頭が回らねぇ」
「飛ばない方がよさそうだね」
「だな。それより、このトラ止めてくれねぇか。酔いが回る」
「ゴルド!ストップ!」
緩やかにゴルドは足を止め、こちらを察したのかゆっくりと座ってくれた。
巨大な体を活かしてわたしたちの枕になってくれる。しかも辺りを見張ってくれるという。頼もしい!
「どう?」
「あー、酒にのめり込む奴の気持ちが分かる…。なるほどね、この感覚が好きなのか」
「わたし飲んだら一瞬で寝ちゃうからなー。わたしもわかんない」
「なんか考えたりするのが馬鹿らしく感じてきた。くくく、頭が回らないのはやばいだろ。あー……めんどくせぇ」
ゼロさんはくっくと笑いながら、煙草に火をつける。
冷静になろうとしているのか、大きく吸い込んで吐いた。
「お前さ。俺が死んだらどうする?」
「どうするって…生き返る方法を探す」
「…………嘘だろ」
「いや、ほんとに。だって死んじゃったんでしょ?そんなの嫌だから生き返ってもらわないと」
「いやいやいやいや。無理だろ」
「でも探す。どっかにあるかもしれないでしょ?」
「ほんと、お前馬鹿だな」
結局呆れられる始末。そんなこと言われてもなぁ。死んだらどうする?なんて聞かれたら何て答えるんだろう?
かなしむ?いやぁ、そんな暇ないって。
「じゃゼロさんはどうするの?わたしが死んだら」
「ああ。死んだかって思う」
それだけですか…。
「じゃ、ゼロさんはどうやって死にたい?」
「あ?」
「わたしは病気も怪我も嫌だから、ちゃんと年とって死にたいな。美味しい物いっぱい食べて作って、やりたいことは全部してから死にたい」
「……」
「ゼロさんは?」
「考えたことなかった」
ゼロさんは頭の上で腕を組み、眉間に皺を寄せる。
「殺されるか、ティナに呑まれるか、その前に自分で死ぬか。その3通りしか考えてない」
「えーと、そうだよね。病気もないし老衰っていうのも…ティナじゃ難しいもんね」
「だろ?」
ゼロさんはくっくと笑う。
酔っているせいか、いつもよりちょっとだけ楽しそう。
「目的果たした後ならいつ死んでも後悔はねぇよ」
「…ほんとに?」
「生まれ方は選べねぇけど、死に方は選べるからな。やるだけやったら俺はいつでもいい」
「………」
ほんとゼロさんは、長生きしたいとかそんなことを考えないんだろうな。やりたいことが少なすぎる。目的がひとつしかないから、こんなことを言うんだろう。
ゼロさんらしいといえば、ゼロさんらしいけどね。
「ゼロさんなら目的達成前に死んでも、しょーがねぇで済ましちゃいそう」
「だな。俺もそう思う」
「済まさないでよ!」
「いや、死んだらしょうがねぇだろ。能力不足、どんまいってな」
「ど、どんまいって…」
ゼロさん、そんなこと言ったりするんだ。
「…うし」
勢いづけて立ち上がり、わたしをひょいと抱えクガネも同様に担ぐ。
両脇に荷物みたいに抱えられてるかんじだ。
「トラ。小さくなれるなら連れてってやる。無理なら森へ帰れ」
ゴルドはじいっとこちらを見た。お別れはさみしいけど仕方ないと思っていたら、ぷしゅうと気の抜ける音をたてて煙がおきた。
煙が晴れて、そこにいたのは子トラだった。
「ご、ご、ゴルド!?」
「ぐぎゅるるっ」
なにそれ、めっちゃかわいいんですけど!!
そしてゴルドはぴょんと跳ねて、クガネの胸元へ収まった。頭だけちょこんと出てる。
なにそれ、めっちゃかわ(略)
「じゃ、行くか」
ゼロさんの大きな翼が広がり、わたしたちは月へと向かった。