05
わたしの機嫌は悪い。
「嬢ちゃん、拗ねるのはよしてくれよ。ほら、こっちにおいで」
すこぶる悪い。
「兄貴、いい加減諦めなって。あのゼロの連れてる子が一筋縄じゃいかねーのは当たり前だろ?」
風魔法の人はせっせと準備する。
月明かりに照らされたテーブルの上には大きなランプ。わたしの正面に髭のオトナ。あのテーブルのところまで来いって言っている。
ゼロさんはいない。土色のティナの人と何処かに行ってしまった。
「そんな猫みたいに警戒すんなって。なんかしようとしたらゼロが飛んできてくれるさ」
「いやだ!」
「ゼロが言い出したことだぞ?ほら、おいで」
「来ないで!」
オトナには近づかない。近づくのは危ない。常識だ。
「おチビちゃん。はい、あーん」
「あーん?んんんっっっ!」
口を開けた瞬間、ものすごい速さで何かが口に入った。風だ。風魔法で速度をあげたんだ。
「ふむぅ!むむ?む……」
「ど?」
風の人がにっこりと笑った。
なんだろう、これは。柔らかくてとろっとしてる。少しネバネバ。それよりもなんだろう。この口の隅々まで広がる味は…。
「甘いっしょ」
「あま、い?」
「うん」
これが甘いという味なのか。表現しずらい…すごい味だ。こんな味初めて知った。
なんというか、その…
ぱぁぁぁってなる。
「ほら、テーブルの上にさ。いっぱい旨いもの作ったから。冷める前にいこーぜ」
行くことにした。
食べれるものがある時は食べるのもまた鉄則。
テーブルの上には、大きな器と湯気のでる料理がたくさん並んでいた。
初めて見る料理。
なにせ、焼いたら料理。わたしの知識なんてそのくらいだ。
目の前にあるのは、色がいっぱいでキラキラで、いい臭いもして潤っている。
「わ、わたしはあの甘いのだけでいい…」
色とりどり、イコール、毒である。
目の前の料理は恐ろしく感じた。これは臭いで誘ってるようにしか思えない。
「だめー。ほら、このおじさん食べても死んでないだろ?毒なんか入ってない。大丈夫大丈夫」
「おい。おじさん言うな。嬢ちゃん、癪だがこいつは料理の腕は確かだ。冷めない内に食っとけ」
もう一度料理を見る。
いい臭いで、綺麗だ。じわりと唾が出てくる。
「………食べる!」
決意を言葉に表して、わたしは目の前の料理にかぶりついた。
なるようになる!わたしは毒には強い!はず!
「っっっっっっっっ!!」
言葉にならなかった。
肉と葉っぱでこんな味がでるのか。肉もおかしい。すごく汁が出てくるし、なんだか甘い。固くない、がしがししてない。くさくないし腐ってない。
葉っぱは不思議な香りがして、とろっとしてる。二つが合わさって口のなかに広がって、そこに加えられた何かの味。
これが、絶妙に、なんとも言えない!
「おいしーだろ?」
わたしは夢中で頷いた。次々と料理を口にいれる。
「あーあ。嬢ちゃんの胃袋が捕まれちまった。ゆっくり食いな。とったりしねぇから」
捕まれてなんかないもん。そんなことされたら食べらんないじゃん。
「チビッ子、いい食いっぷりだなー。ほらほらもっと食え」
いただきますとも。
食べれる時に食べるのは鉄則!!!!
でも、残念なことにわたしの体はこんなにたくさんの量を受け付けなくて、すぐに勢いは落ちた。こんな量の食べ物、見た事すらない。勿体ないけど、全部食べるのは無理だった。
わたしに合わせるかのように二人のオトナもゆっくりと口に運んでいく。
「それにしてもチビッ子。よくあのゼロと一緒にいるなー。結構あいつを追って長いけど誰か連れてるのは初めてみたよ」
「ん?どうして?」
「どうだろね。わかんないんだよねー、ほんと」
風の人は困ったように笑った。
「ゼロは強いよ。これだけは確か。味方ならあいつほど心強いやつはいねー」
「軍人が言うのもなんだがな」
ゼロさんが強いのなんてわかってたことだけど、強い兵士のオトナが言うほどなんだから、思っているよりも強いのかもしれない。
「嬢ちゃん。あいつがなんで強いと思う?」
「ん?ティナの力?」
「それもあるけど、ちーっと違う」
髭のオトナはくるくるとフォークを回しながら、少し疲れた顔をしている。
「あいつはなー、力の扱いによ。馬鹿みたいに長けてんだ」
「魔力の扱い?」
「そ。ほら、ティナって本当は姿も変わっちまうのにあいつはそうじゃない。力を抑えて姿形を変えさせてないようにしてるんだと。羽が欲しいときはそのために必要な魔力を使うって感じでな」
「チビッ子は知らないかもしれないけど、悪魔のティナはすっげぇ魔力を浪費するせいで、大体は受け取った瞬間死ぬんだ」
風のオトナはほんとに可笑しそうに笑った。
「こっちからしたら最悪さ。最凶のティナを完璧以上に使いこなして、膨大な魔力量に魔力操作、異常に視える目まであって、剣の腕や銃の腕まで神がかってるときた。勝てる見込みなんてまるでねーもん」
「だよなぁ。魔力を消すなんか生き物である以上は実質ほぼ無理だからよぉ。不意討ちも通じねぇし?魔法の発動タイミングまでバレバレだし?なんとか視覚を奪ったところで、魔力は目があった方がいいのは確かだけど、基本感じるもんだからさぁ。あいつには通用しねぇもんなあ」
そ、れ、は。
なんと言えばいいんだろう。何となく誇らしいけど、そこまで圧倒的だと…なんだかかわいそうになる。
オトナは仕事に縛られるってのはアガドでも聞いたことがあるし、もしそれならこの人たちほど可哀想な人はいないんじゃないだろうか。
「まぁそうじゃねぇと生きていけなかったんだろうな、あいつも」
コップを傾けて、大きく息を吐く髭。
「どういうこと?」
「ん?んー……それは本人に聞きな」
どういうことだろう。
そうじゃないと生きていけなかった、か。
んーー……
「ねぇねぇ」
「あん?」
「髭の人たちって、ゼロさんのこと敵なのに嫌いじゃないの?」
同時に飲み物を吹き出す二人。髭の人ぉ~~!って笑ってるし、髭の人は悔しそうにしてる。ぽかんととしてると、最後に風の人がゴンと殴られた。
「あぁー、嬢ちゃん。ゼロのことはな、敵だ。敵だと思ってるよ」
がしがしと頭をかきむしり、絶対に目をあわせようとしない。風の人はニヤニヤとしながら見守ってた。
「でも、あいつほど信じれるやつもそうはいねぇ。立場が違うなら、己は……。己はな、嫌いだけどな!殺すか捕らえるかしねぇといけないけどな!できれば、長生きしてほしいよ。そんだけだ!!」
顔を真っ赤にして、そっぽ向いて、ちょっと涙目にして吠えるオトナ。
よくわかんない。どう考えても矛盾してる。
でも、なんとなく嫌じゃなかった。
「………わたし、イーリス」
恥ずかしさをごまかして、いがみ合う二人の動きが止まった。揃ってこちらを向く。
「おじさんたち。名前、教えて?」