15
ゴルドの足は速く、それでいてそこまで揺れず、快適に走り抜けて目的地までついた。
なんだか不気味な森。ゴルドが通れるほど木と木の間が空いているのに、一切光が差さない不思議な場所だ。
音もない。風に木々が揺れる音すらない。
なんだろう。お化けとか出ちゃいそうなかんじだ。
「くうきがきれいなところだな、ごるど。いいところだ」
クガネは上機嫌である。クガネはお化けを見ても、食べると何とか言いそうだな。
それからしばらく歩くと、少し開けた場所にでた。
光る草は、苔があるような、なんだか神秘的な場所なんだけど、わたしにとってはアガド牢獄を思い出す場所だった。ただ、アガドと違って足元は柔らかい芝生みたいで気持ちいい。
ぐるる、とゴルドが唸った。クガネが反応し、ゼロさんに声をかける。
「ぜろ。ここでいいみたいだぞ」
「………暗ぇな」
「でもまだひるだ。すずしくてきもちがいいぞ!」
起き上がったゼロさんはすぐさま辺りに気を配る。殺意も含めて周りを警戒し、邪魔な何かを近寄らせないようにするのだ。そ
して首を傾げ、空気を大きく吸う。
「…すごいな。マナの量が違う」
「マナ?あの魔力の元になるやつ?」
「ああ。ここまで濃いと魔物が生まれやすいし、魔石だって多くなる。
軍に管理されていてもおかしくねぇんだけど…。それに俺は夜しか魔力回復しねぇのにここは別ならしい。」
少し得意げにゴルドが唸る。どんなもんだいってかんじだ。
そうか。魔力の元がたくさんあるところなら、ゼロさんの回復も早いということか。ゴルドやるじゃん!
「ただ…ここに住んでるやつは、ちょっとまずくねぇか」
「住んでるやつ?」
「ここのマナを何年食って生きてんだか」
ゼロさんのその予言めいた発言のすぐ後だ。
泉が盛り上がり、それが現れたのは。
『人の子が。神域になんのようだ』
大蛇だ。
真っ白で、銀の鬣がある、ゴルドが小さく見えるほどの大蛇。
蛇に睨まれたカエルというけど、今わたしがそうなっていた。
「…銀に似てる」
ゼロさん、何をおっしゃいますか。
「そういえば…龍とドラゴンの違いについて、あいつに言ったことがあったな。
龍は要するに手足のある蛇で、ドラゴンは翼のあるトカゲだろって」
それで目の前の大蛇は銀さんみたく龍のようだと?
いやいやいやいや、それだと尚のことまずいよ!笑ってる場合じゃないって!
というか銀さん相手によくそれ言ったね!!
『ほう。貴様は龍を知っていて、儂を龍と呼ぶか。嬉しいことを言ってくれる』
なんか喜ばれてる!?
『人の子。貴様は忌み子か』
「…古い呼び方だな。相当年くってるだろ、白蛇」
『かっかか。儂を前に良い度胸をしておる。忌み子、今はティナ持ちか。何のティナを身に受けておる?』
「悪魔」
『それはまたけったいなものを。よくも人の形を保っていられるものだ』
なんか、盛り上がってます。ゼロさん流石すぎて何も言えません。
そして、意外にも同じく彫刻になっていたのがもう一人。クガネだ。野性的な何かに響くものがあるのかもしれない。
「お前はずっとここにいるのかよ」
『種族戦争の終了間際から、儂はここで主を務めておる。儂は始まりの魔物じゃ』
「なるほどな。殺すのに苦労しそうだ」
『儂の首をとると?かっかか。その気もないくせによく回る口よの』
ゼロさんがにやりと笑って、大蛇さんの前に腰かける。
おわー、近い近い近い。一瞬でぱくんってされちゃいますよ!
『…まことに、良い度胸をしておる』
「ここに滞在する前提で家主に挨拶なしじゃな。祟られそうだ」
『儂にそんな力があるとでも?』
「さぁな」
『質問を変えようか。儂が怖くないのか?』
「正直怖いという感情がよくわからん。危険だとは思うが、どっちにしろ殺しにくるなら殺すまでだ。相手が白蛇だろうが人間だろうが変わらねぇよ」
『くくくく。伊達に人間の身に悪魔を宿していないということか。恐れ入ったわ、人間。気に入ったぞ』
「そうかよ。俺もお前を飼いたくなってきた」
『カカカ。傲慢にも程がある。面白い奴だ』
大蛇さんはゆっくり泉から上がり、それと同時に姿を変えた。
さっきまでは見上げるほどの大きさだった蛇が、するすると小さくなっていく。
ゼロさんの前に立った時には大蛇の姿はなく、代わりに現れたのは少女の姿だ。
それを見て、ゼロさんから殺気があふれる。
「お前冗談もほどほどにしろよ。殺すぞ」
『儂なりの傲慢の示し方よ』
少女は少女らしからぬ声で応えて笑う。
どうやら大蛇さんは少々悪戯好きのようだ。ゼロさんは何も言わずに目を背ける。
誰かはわからないけど、その白い少女が何なのか。わたしでも想像はつく。
『貴様名はなんという?』
「知らん」
『ふむ。ないではなく、知らぬ、か。ならば貴様で良いな』
「好きにしろ、白蛇」
『龍への呼び方と同義とは、これは誉れと思うべきであろうな』
完全におじさんの声を発する少女というのは、なかなか奇妙なもので違和感がすごい。そして少女の姿というのに、未だにわたしもクガネも動けない。
なんだか、威圧感みたいなものがすごいのだ。息がしずらい。空気が張り裂けそうだ。
『これらは連れの者か』
「一応な」
いや、たぶん動けるのがおかしいんだ。
見た目少女だけど、喋るときに口は動いていないし、姿だって見せかけ。最初にみた巨大な大蛇であることに変わりはない。
『小娘。なぜ何も言わん』
な、なぜって言われてもですね…。
「怖いから、です!」
『くくく。素直でよろしい』
それから大蛇さんはクガネに目を向けた。
クガネは尻尾をぴんとたてて、耳をへなりと寝かせている。
『…小僧。貴様は…』
「おれはくがねだ!お、おまえは、おとうさんのむれか!?」
クガネは震える声で拳を固め、そう吠えた。
左右で色の違う目が揺らいでいる。勇気を振り絞って言ったのだろうが、大蛇さんは首をかくんと傾げる。
『おとうさん?父という意味か。儂は人間や犬に仕えたことはないが…待て。貴様はなんだ』
「おれはくがねだ!」
『…混ざっているのか』
途端に少女は姿を消し、どさりと倒れた音がしたと思えばクガネに覆いかぶさっていた。
止めるはおろか、あっと言う時間さえない。今クガネが殺されててもわたしは何もできなかっただろう。
『………儂は頭を垂れる必要があるのかもしれぬ。よもやこのような形で、方々(かたがた)に会うこととなるとは』
大蛇さんは悲しげに笑い、そっとクガネから離れた。
『忌子として現れぬ以上、地の果てのどこかに生き残っておられると希みを持ったが、人の子を守ったか…。
クガネよ。儂は父上どのの群れではない。しかし敬愛はしておった。ここで出会えたことを嬉しく思うぞ』
「…そうか!おとうさんのともだちか!」
『そのようなものだ』
「そうか!おとうさんにはもうあえないけど、ともだちにあえた!おれもうれしい!」
クガネはいつものように尻尾を振って、耳をたてて、満面の笑みで大蛇さんに飛びついた。
少女の姿でも力は変わらないのか、ふらつきもせずにそれを受け止める大蛇さん。抱きしめたまま、大蛇さんの目はギラリとこちらを向いた。
『二人は滞在を許そう。しかし、小娘はだめだ。儂は人間を好ましく思っておらん。それに、小娘は面白くもなければ得もない』
それに抗議したのは、まさかの唸り声。ゴルドだ。
「ガウ!」
『…なんだ。何を言っている?』
「ガウガウガウウウウ」
「そうだぞ!ともだち!いーりすはなんでもできるぞ!」
まて。獣たちで会話しないで。意味わからないから。
そしてクガネ、わたしはなんでもできませんよ?
『…よかろう。では頼んでみるか』
「ガゥ!」
「よかった!な!いーりす!」
だから何!!
8月も終わりです
お読みいただきありがとうございます( ´ ` )