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「ほんとにここでいいのかい?」
「ああ。ここまでが、契約範囲だろうな」
「あんたのそういうところ、ほんとよくわかんないよ」
わたしたちは夜中、地上に降り立った。場所は山奥で、飛空艇が目立たないところ。契約の条件として、ここまでくらいならしい。
別れ話も早々に、ククルさんは空賊らしく、かっこよく飛び立っていった。
「ありがとうございましたーー!!」
ククルさんには空賊にならないか熱心に誘ってもらったけど、きっちりお断りした。連絡用の魔石も渡されたけど、それも魔力がないからお返しした。
誘ってもらえるのはうれしいけど、それよりもやりたいこと、やらなきゃいけないことがある。
それにしても、連絡関係ができないのは不便だなぁ。
「クガネ。暗殺者がいるかもしれねぇから、見かけたら殺せ」
「わかった!」
「イリスはクガネの手綱を握ってろ。どっかに走っていかないように」
「了解ですが、それは暗殺者を倒しにいくクガネにつかまってろってことですよね?」
「状況判断で」
そしてわたしたちは歩き出す。というより走り出す。
クガネがじっとしていられるわけがなく、ぱっと走り出してわたしが引きずられ、ゼロさんが殴って止めるという繰り返しが開始されたのだ。
目的地は思ったよりも近く、小さな山小屋にわたしたちは入った。そこにゼロさんの通信機が隠されているようで、銀さんとふたりで話し始め、わたしたちはやかましいからと外で待機だ。
わたしもティナのこと、銀さんに聞きたい気もするけど通信で話すことじゃない。それに、ゼロさんはアガドのことを急ぐよう話してくれてるんだし。
「すごいねぇ」
ここでクガネの新たな特殊能力が発覚。めちゃくちゃ動物に好かれるのだ。
熊に犬にイノシシに…森の生き物大特集になってる。本人も、もみくちゃになって一緒に遊んでるし。
「やめ、この!くうぞ!このやろう!」
こんなかんじでじゃれてる。微笑ましいが、おかしい。クガネのあの小さな体にどんだけの生き物の肉が入っていったのか、この子たちはわからないんだろうか。いつもならあんな小さなリスとか、一口で食べちゃうんだが。
「う?」
動物たちとクガネ。同時にすっと頭をあげる。
耳をぴくぴくと動かし、忙しなくあたりを見渡し始める。動物たちが駆け出すのと、ゼロさんが出てくるのはほぼ同時だった。
「悪い。ここ、張られていたらしいな」
草木を踏み散らすがさがさという音。ずんと足元には振動を感じる。
暗闇の中から現れたのは巨大なトラ。明らかにトラの枠から外れている。
魔物だ。
「がああああああああああああああああああああああああ‼‼」
瞬時に反応したのはクガネ。その小さな体で正面に立つ。
牙を剥き、爪をたて、虎と同じような顔をして睨みあう。
トラの魔物も血走った目で、クガネなんて一口で砕かれそうな大口で唸る。
「クガネ!そいつは任せたぞ!」
「たべていいか!」
「好きにしろ」
そしてその他に現れるのは覆面姿の人間たち。
おそらくは暗殺者。なんとなくそんな気がする衣装だ。
「ゼロさん!どんな大きいところ潰したの!?」
魔物のトラを飼ってるって相当だよ!?暗殺者なのにこんなでっかいトラとか!
「え?本部だけど」
「…本部?」
「本部」
暗殺者ギルドの、本部。つまり、中心地。主体の場所。
うん、トラが出てくるわけですね。
「走るぞ。俺から離れるな」
ゼロさんがぱっと駆け出し、手をひかれてわたしも走る。クガネがどんどん小さくなるけど、そこに怖さはなく、むしろ飛んできた矢の雨に恐怖した。それもゼロさんが払ってくれて何もなかったけど。
「あいつらは毒を使うことが多いんだけど…お前毒効くのか?」
「ど、どうだろう。たぶん化学薬品的なのには強いけど、天然の毒には弱いんじゃないかな?」
「なるほどな。じゃ、あまり息すんな。死にかけたら助けてやる」
懐かしいなぁ、そのセリフ。死にかける前に助けてくださいよーってね。
それから飛んできた投げナイフを弾き、それをキャッチして投げ返す。離れたのはクガネの邪魔にならないためであって、逃げるためではないらしい。
ゼロさんの目がさっと赤く変わる。口の端をつり上げた笑みはその凄みを増した。
「雑魚狩りといきますか」
ゼロさんが剣を振るう。
木に囲まれた森でも、ゼロさんの刃は確実に敵の武器や敵自身を切り裂いていく。そこに生えている木を利用し、空に生い茂る葉っぱを利用する。
銀さんがいつかの日に言ってた。
ゼロさんは戦における天才だと
「手先の器用さではお前だろうし、政略や運営は私の方が勝るだろう。
しかし戦いとなれば、ゼロは大群だろうが特化した一人だろうが、最適で最上の行動ができる。
己という駒を空から操っているようだ。私とて、あれとは戦いたくない。恐ろしい天武の才だ」
強いのは知っていた。
でもここで、天才という意味が分かる。
ばらばらに並び立つ木が、ゼロさんの剣を邪魔しなくても、相手のナイフの邪魔をする。死角から攻めようとしても、ひらりと舞う木の葉が、ゼロさんにそれを伝えてしまう。弾いたナイフが、相手の行動を止め、振った剣で散った小枝が、相手の視界に刺さり、道の小石ひとつで、相手がつまずくのだ。
まるで、ゼロさんの戦いを周りの環境が助けているかのように見えるけど、そうではなくて、ゼロさん自身がそうなるよう仕向けている。
そして、ゼロさんは魔力が見える。
相手の行おうとする先が見える。わかったとしても、この人数の動きについていくなんて、肉体的にも思考速度的にもついていかない。そこで、最適を選べるはずがないのに、それができてしまうのが、闇の帝王であるゼロさんなのだ。
「ぜろー!いーりすー!」
聞きなれた声と、ずしんずしんと重たい音。振り向くとそこにはトラがいた。
4つ足の状態でわたしの身長の3倍近くある、さっきのトラだ。
「…お前それどうしたよ」
「むれにした!」
「……」
クガネは常識外れだ。うん、知ってる。無理やり納得しよう。
同じように思ったのか、ゼロさんもため息をついた後に、わたしを抱えてトラに飛び乗った。
「魔物は人には慣れねぇんだけどな。暗殺ギルドの連中は専用の魔道具を使ってんだけど…」
その首輪は無残に砕かれている。
「クガネは人間じゃないから」
「だな」
「う?どうしたふたりとも。つかまらないとあぶないぞ!」
クガネの合図でトラが吠える。それからは武器も魔法も意に反さず森を走り抜け、暗殺ギルドの人たちは見えなくなった。