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ほんと何故か嫌いな言葉。
理由もわからんけどな、なんか嫌いならしい。
化け物という言葉の意味で考えるなら、俺はそれに当てはまってるし、否定のしどころもない。正直言われてもしょうがない生き方をしている。強さという意味なら誉め言葉にもなるだろう。
なのに、なぜか。嫌いだ。
俺の前で、その言葉を言って無事に済んだ奴はたぶんこの世にいない。
ああ、いたか。あいつ一人だけだな。
こうなると情報なんかどうでもよくなる。
俺は涙のたまった目玉に指を向けた。
が、その目玉は消える。頭ごと横に吹っ飛んだからだ。
「本物を知らないくせに、ゼロさんになんてこと言ってんの!!」
イリスはその胸倉をつかみ、往復で殴りつけながら喚く。石の頭に、あいつごときの拳が通るとは思えないが、それでも止めることなく繰り返す。というかお前の手が負けてるだろ。
「化け物なんて人間じゃないみたいな言葉……ティナ持ちはみんなそうだっていうの!?
自分もそうだって言うの?それともゼロさんだけに言ってんの!?この石頭!
わたしの大切な人にそんな侮辱したこと言うとか、絶対許してやんないんだから!」
殴る蹴るを繰り返し、肉体的ダメージはなくても、完全にブチ切れた女からの暴力はメンタルにくるものがあったらしく、ガーゴイルは何度も何度も謝り続けていた。
それでもイリスは辞める気はないらしい。
「こうなったら化け物ってのを教えてあげる!」
最後にそう担架を切って、イリスは何故か厨房に向かった。
俺のイラつきはいつの間にかおさまっていた。というか、唖然としてた。
むしろ女に無抵抗で殴られたコイツが憐れにも思える。
そして、イリスは化け物を連れてきた。
「これが化け物。いや、化け物級というべきかな」
持ってきたのは一枚の深皿に、黒と紫と緑がまざったシチューのようなものだ。
具は一切なく、溶岩のように一部ぶくぶくと音をたて、何が入っているのかもわからないくらいの激臭。
なんだこれ。無理。
「いや、これ、は、ちょ…」
ガーゴイルも同意見らしい。
「大丈夫。食べても死ぬようなものは入ってないよ。これで化け物がなにか知れるよ、たぶん」
そう言って、イリスはガーゴイルの口のなかに、その化け物級を流し込んだ。瞬間ガーゴイルは白目をむいて息を引き取った。
「はい、ゼロさんも」
「……いやちょっと待てよ。可笑しいだろ」
「ゼロさんも勉強になるかもよ」
「ならなくていい」
「人が死ねるほどの料理を知りたくないの?」
「死んでまでは遠慮する」
イリスはふっと微笑む。目に光がない。こいつこんな目もできたのかよ。
「ゼロさんの分も作ったから。ね?」
伊達にルナティクス1の料理屋で働いていないってことか。作り手の強みが最大限生きてる。
化け物級のそれを、さすがにガーゴイルのように流し込むのは命知らずのため、スプーンに掬ってみる。
刺激臭と掬ったときのぬめりとした感触。どろどろに溶けたのであろう何かは、俺の知っているものなのだろうか。
「さあ」
イリスが何かをほざく。
俺は意を決してそれを口に含んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
辛い、甘い、酸い。ぬめりがあって、ざらざらして、舌に絡みつき飲み込むのを許さない。
嫌でも広がっていく。喉にさえ残る。飲み物を続けさせる余裕がない。
スープ状なのに何で膨れていくんだよ、コレ。鼻腔さえ貫くこれは、俺が言うのもなんだが、ほんとに化けもん級だ。
「…魚のワタ、豚の脳、鳥の皮。食用虫、カエル、木の根、紅羽の花…」
「すごい!ゼロさんよくわかったね!」
最悪だ。どれも未調理なら毒じゃねぇかよ。それをぎりぎりの温度で出しやがって。それがわかる俺の舌にも恨みを覚える。
「でも栄養価は高いの。週に一回だけルナにも飲んでもらってる」
あいつ鉄人か。
「さあ!残さず食べてよ!残したらだめだからね!」
俺は怪しい目をしてるこの馬鹿に、深皿に残った化け物級を流し込んでやった。
目を見開いて固まるイリス。何か抗議しているが知るか、そんなもん。作った側にも責任があるだろうが。