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破壊の魔王  作者: Karionette
アガド攻略編 第二章 旅
117/340

04




空賊になったのは、空が好きだったからだ。


だから努力して飛空艇の操縦資格をとり、あわよくば軍に入隊するつもりだった。

その道は辞めた。女の飛空艇乗りはいらないと言われたからだ。


女、女とうるさい世間に嫌気がさし、反発もあって無理やり空を飛んだ。


初めての飛空艇は人様から奪ったもので、自分のものではない臭いに嫌気がさしたのを覚えている。

それでも自由で、自分の考えていることなんて、小さなことだと言わんばかりに広がる空を飛ぶのは楽しかった。


賊と呼ばれたのは、奪った飛空艇で飛んだから。

追われても逃げ続け、逃げ続けた挙句に空で家族ができたからだ。

アタシは別にそれを不満とも思わず、面白おかしく生きるのも悪くはなかった。


ただ敵がいるという現実。

皮肉にも相手はかつて目指した軍。それを避けることはできなかった。


あの日は快晴だった。

青空が晴れ渡る、良い空だった。


アタシぁ、人にはいえない荷物を運んでいた。だからこそ軍の動きにも注視していたし、あんな事態はおこらないはずだった。



「なんで、こんなに軍がいるんだい!」



最新の飛空艇が並び、銃器の口をこちらに向けて投降を促す。


もちろん逃げた。逃げたが、速度はあちらが上。打つ手はなかった。


だからって投降するわけにもいかない。アタシにはアタシの誇りがあるし、ここには家族がいた。


逃げることができないなら戦うしかない。しかし戦力もあちらが上。


手詰まり。

睨み合うだけの時間が過ぎていた時だった。


空から落ちてきた夜と飛空艇の残骸。

血しぶき、人体の一部。


飛空艇から見える景色はそんなもので埋まり、間が空いて戦闘に特化した飛空艇が数台急降下してきた。明らかにアタシらを狙ってのもではなく、何かを殺戮せんとする飛空艇だ。


その一瞬の間にアタシは指示を飛ばした。逃げろと叫んだ。


目の前にいた、捕獲のための飛空艇はなにかによって消飛んだし、殺そうとする飛空艇はこちらを見てはいない。


他にも敵はいるが、あれはまだ怯んでいる。チャンスは今しかなかった。


しかしそれさえも許さんと、艇を突き破り何かが侵入したのだ。



「なっ!!!」



それは子供だった。


背丈は140程度で、茶色と黒が混ざった髪に汚れた体。赤い瞳を夜のような闇にうずめて、全身からはオーラのような黒い影が揺らいでいた。


船員の誰かが叫んだ。「ゼロだ」と。


アタシは驚いていた。


世間が騒ぐ破壊者で殺戮者。

大罪を犯した悪魔。それがこんなにも幼い子供だと思わなかったのだ。

そしてその背にある身の丈を超えた翼。鳥の羽のような柔らかさも、蝙蝠の翼のような貧弱さもない。

強靭で鈍く輝き、まるで凶器を思わせるそれは、昔本で読んだドラゴンのそれを思わせた。


アタシはただ、それを美しいと思った。


ゼロはアタシを見るなり、すぐさま殺しにかかったが、それはできない。

破壊の権化たる闇はすでに消失しかかっており、黒く染まった右腕は床に無残に転がっていたからだ。


ゼロは憎らしげに空を、太陽を睨む。



「…くそが」



ゼロは子供と思えない表情と声で小さくつぶやいた。


途端に目の闇が消え、残るは真っ赤に染まった眼と翼だけだった。

焼けただれ、血まみれの体と反するように美しく残った翼を見る。


片目も腕さえも失ったこの子供が、何をしてこうなったのか理解した。



「お頭、こいつを差し出せば助かりますぜ!」



周りからそんな声が飛ぶ。

ゼロは黙ってアタシを睨みつけて、アタシも黙ってそれを睨んでいた。


絶望はないのに暗い目で。

子供なのに輝きのない瞳で。


抵抗する様子はない。ただ、アタシの決定しだいで、この子供の運命は動くだろう。



「馬鹿言うんじゃないよ!」



アタシは怒鳴っていた。


女としての母性があったのかもしれない。人としての何かに触れたのかもしれない。


空をかけるために腕も目も失って、そんな空にも嫌われているこの子供を、今ここで殺そうとは思わなかった。



「この恩知らずどもが!こいつのおかげで活路が開いたんだろう!!それに賊が軍に媚びを売ってどうなるんだい!ここに乗ったからにはアタシの家族だ!泣き言いってないで速度をあげな!」



船員を散らし、アタシはゼロに近づいた。


その大翼が間近に見える。そしてゼロの剣のような目がアタシを斬りに来た。



「何が目的だ」



ゼロはそう言った。目を逸らせば殺される。そんな猛獣を目にしているかのようだ。



「ふん。年上には敬語を使いな、小僧。闇の帝王だかなんだか知らないが、ここにいるからには働いてもらうよ」


「……あ?」


「まずはその血を止めな。アタシの家が汚れるだろ」



アタシの上着をびりびりとちぎり、いまだ警戒の目を解かないゼロの前に置く。


それでいい。相手の危険性を知りながらこんな行動をしているアタシには、その抜身の剣のような姿がちょうどよかった。



「俺はお前らを殺すぞ。殺して壊して、俺はこの船で逃げる」


「好きにしな。アタシぁ知らないよ」


「…意味がわからねぇ。生かす理由はなんだ。賊ごときが俺を取引にでも使う気か?」


「ごときとは言ってくれるねぇ。口の悪いこった。

何も深い意味はないよ。取引なんて言われてもここを切り抜けないとどうしようもないしね。アタシはただ荷を運びたいだけさ」


「俺を生かす理由がねぇ」


「殺す理由もなければ、そんな危険を冒す理由もないのさ。いいから邪魔しないでじっとしてな。

ああそうだ。あんたが来なければさっきぶっ壊れた船に捕まってたんだ。そこは礼を言っとくよ」



(いぶか)しげな眼を変えないゼロを放って、アタシは指示を飛ばす。


アタシの船は火力がない。

そこまで武器を乗せてないからだ。牽制はできても、撃墜は不可能といっていい。その代りに速度はある。敵の攻撃を潜り抜け、逃げ出す力はある。


だが、敵の軍の船ははるかに凌駕していた。


質が明らかに違う。こちらの技術なんて意味がないとでも言うように。


しかもあちらさんは捕獲するつもりはない。撃墜だ。ゼロを乗せた飛空艇なんて捕獲するメリットがない。



「逃げれるのかよ」



アタシは驚いて振り向いた。当然のように背後に立つゼロだが、その気配はいっさい感じられなかったのだ。



「…状況は悪いね。性能差が違う。今は避けるので精一杯だよ。あんなもの一撃でも当たればこの飛空艇は墜落するだろうね」



言いながら、その攻撃をその身で受けたのであろうゼロに改めて感心した。闇の帝王と呼ばれようが、街を滅ぼし軍を壊滅させた悪魔だろうが、ゼロは子供だ。

アタシに子供がいれば、変わらない歳くらいの子供だ。そんな子供が、たった一人で嫌われた空を飛ぶために、翼を守りながら戦ったのだ。


アタシには感心しない理由がなかった。



「翼はどうしたんだい」


「邪魔だから消した。それよりお前は死ぬつもりねぇんだろ」



目の前の子供は、表情をまったく見せずにいった。



「この場を救う。その代わりに俺のために動け」



時が止まった気がした。


断ることができないわけではない。ただし破ればどうなるかがわからない。ゼロという存在に対して恐怖のひとつも感じなかったアタシはこの時初めて恐怖した。


ごくりと唾を飲む。

これは契約。相互に有益なものだ。


それなのに恐怖を覚えるのは、目の前にいる子供が悪魔のティナ持ちだからなのだろう。



「……いいだろう。話を聞かせておくれ」



結局アタシはそう答えた。そう答えるしかなかった。

どのみちアタシの未来は死しか待っていない。生きたいのなら、それを可能とする何かにすがるしかなかった。


ゼロはにやりと、子供らしからぬ悪魔の笑みを浮かべ続ける。



「契約成立だ」



ゼロはそれから操縦者を一番腕の良い者にし、飛空艇に積んだ荷物を片っ端から探り、不要なものは容赦なく捨てていった。そして見つけた火薬や鉄、銅線などを次々と手にしていく。



「何をする気なんだい?」


「俺は壊すことしかできねぇ。だからこの飛空艇はたぶん壊れる。それでもいいな」


「命を拾えるなら安いもんだけど、だから何をする気なんだい」


「改造する」



そう言ってゼロは船内に船外、翼やエンジン部に心臓部、すべてを片手で壊して組み立てていく。飛空艇に乗って長いアタシにも何をしているかわからないし、修理を任せている船員にもわからなかった。それでも、着実に、飛空艇は速度をあげていく。



「よし」



ゼロは船外へのハッチをあけて、どこか子供らしく楽しげに言った。



「5秒後に、この飛空艇は直線しか飛べなくなる。邪魔な障害物は俺がなんとかするから、海に突っ込まないだけ考えろ。いいな」


「いいなって、意味がわからないよ。ゼロ、あんた何を…」


「5-…」



そしてカウントの終了。


耳を破裂せんばかりの破壊音とともに、船は真っ直ぐに爆発するかのようなスピード進んだ。

船内の物はすべて船尾へと吹き飛ばされ、船員たちは無残にごろごろと転がった。


かろうじて手すりにつかまっていたアタシや顔を青くして操縦桿を握る船員たちだけが、その場に残り、あっという間に軍の飛空艇は小さくなっていく。


軍の砲弾が飛ぶ。

飛空艇の上に立つゼロは無邪気にそれをはじいて笑っていた。



「くそ軍どもが!俺の首が欲しいなら理由をよこせ!それが正しいなら殺されてやるよ!

訳もわからないのに死んでやるか!俺が…俺が何したか答えてみろよ!!」



その言葉はどこか泣きそうで、体を刻まれるよりも悲痛な、そんな叫びに聞こえた。





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