03
「嬢ちゃん、おかわりー!」
「こっちもだ!追加追加ぁ!」
「酒がたらん!もってこいや!」
「馬鹿野郎!自分で取りいけ!」
食堂は大賑わい。
品性の欠片もない野暮な空賊どもは、飢えた野犬のようにガキの料理に群がりむさぼっている。
ガキもガキで無茶苦茶な要望に答え、次々と望みの品を出し続けていた。
「いーりすー!にくー!」
「お前は生肉で我慢しろ。あいつ大変だろ」
「う?ありがとう!」
こうして仕事ぶりを見ているが、あいつ本当に有能だな。掃除のときにも思ったが、無駄な動きが一切ない。
効率を重視しながらも質が想像以上に良い。こいつなら連合にも入れるんじゃねぇか?誰かにしごかれたのか、もともとの性質なのか知らねぇが。
「いい子だねぇ。うちにもらいたいくらいだ」
頭のばあさんが酒瓶を片手に隣の席に座った。
「あれはあんたのものかい?」
「なわけねぇだろ」
「違うのかい。それじゃ、連合の当主のものかい?」
「誰の物でもねぇよ。決まった相手がいるとは聞いてない」
「そうかい。見栄えもいいし気立てもいい。おまけによく働く。陸の連中が放っとくとは思わなかったが、それならうちにもらってもいいんだね」
「俺に聞くな」
俺はあいつの保護者でもなんでもない。たまたま脱獄の手伝いをすることになっただけだ。
あいつの先のことなんか知ったことか。
「あんたにも良い相手ができたと思ったのにねぇ」
「あ?」
「あんたの年齢は正確には知らないけど、そろそろ相手がいたっていい年頃だろ?」
「仮に俺がそうなるほど人を好きになったとしら、全力で突き放すだろ」
現在進行形で軍や教会、国に狙われ、果てに待ってるのは俺のティナ堕ちだ。
死ぬほど守りたい奴にそんな地獄を味わらせるかって。
「かっかっか。そうだったね。あんたは地獄の悪魔だった」
ほろ酔い加減のばあさんは何が嬉しいのか、顔を綻ばせて酒をグラスに注ぐ。ガキが磨き上げたグラスは琥珀色の液体を美しく映した。
「あんたとの別れはさみしいねぇ」
くるくるとグラスを傾け、回し、また傾ける。
空賊らしからぬ柔らかな表情。
「……お前そろそろ死ぬんじゃねぇか?」
「失礼なガキだね!アタシゃまだまだ生きるよ!あんたより長生きしてやるさ!」
「へぇ?婆には難しいだろ。今俺を殺せばもれなく願いは叶うぜ?」
「馬鹿なことを言うでないよ。できると思ってないだろうに。そんな予測もたてられないほど狂気に飲まれてるのかい?」
笑いながら、軽口をたたき合う。この婆は昔からこうだ。絶対に退きはしない。変わらないもんだな。
「はぁ、契約終了ねぇ」
「喜ぶべきことだろ」
「そうねぇ。確かにリスクは大きかった。それは認めるよ」
この空賊とは以前契約を結んだ。
―この場を救う。その代わりに俺のために動け。―
別に破ろうが俺が何かするつもりはない。
ただ、何故か悪魔との契約に対して相手は抗えないらしい。
俺はもともと守れない契約を結ぶ性質じゃねぇから、そこんとこよくわからねぇけど、銀曰く、昔は悪魔と契約する生き物は多く、その契約を破れば、そいつらは死ぬよりも恐ろしい目に遭ってたらしい。
それが本能的に染み付いているのか、それに基づくティナの能力かのどちらかだろう。と。
「覚えているかい?ゼロ。あの空を。あんたがここを救ってくれた日のことさ」
「忘れた」
「嘘をいうでないよ。あんたが軍を引き連れて来たんだ」
顔をしかめる婆。ああ、そうだったな。あの日もそんな顔して俺を睨んでた。
「控えめに言っても終わったと思ったね。空賊人生で一番の危機だったよ」
「まぁあんな真っ向から怒鳴りつけてきたのは婆が初めてだったな」
「昔からほんとにあんたは…口が悪いねぇ」
にやにやと笑いながら婆はそう言って、その口から昔話が始まった。
確か、あれはルナティクスにもまだ行っていない頃。まだガキでどうしようもないやつだった時のことだ。