02
「なんだい。思ったより元気そうじゃないか」
大きな飛空挺から出てきたのは、意外なことに女性だった。皮を基調にしたぴしっとした服を着ている。
白髪混ざりの茶髪をざっくばらんに結び、勇ましさを感じる女性だ。
おばあちゃんというほどではないが、お姉さんとも違うかんじの歳にみえる。
「そこの若いのが荷物かい?」
「ああ。手荒に扱っても構わねぇよ」
飛空艇は軍の使う形とは異なり、すっきりと細いフォルムだし重火器も少ない。
しかしスピードは速いのだろう。なんとなくそんなかんじがする。
「アタシゃ、ルルク。最速の空賊ラグーンの頭だ」
「よろしくお願いします」
「よろしくな!」
「へぇ可愛らしいねぇ。どこかで売っ払われないように気をつけなよ」
顔に皺をよせて、はっはと笑いながら艇内にもどっていくルルクさん。
予想はしていたけど、やっぱり空賊だった。ルナティクスは無法地帯だから、そういったジャンルの人たちと話す機会はいっぱいあったから、詳しいわけじゃないけど無知ではない。
海賊の空バージョン。
船じゃなくて飛空艇に、海じゃなくて空に憧れを持った人たちだ。そして例外なくやっていることは犯罪行為。悪いことだ。
それに抵抗があるかというと、全くない。ルナティクスにいて、ゼロさんに助けてもらった時点で、昔より犯罪というモノが気にならなくなった。わたしだって脱獄犯だし。
「悪いけど、うちの飛空艇はあんまり大きくはないからね。一人ずつに個室なんざ用意してないよ」
そう言われて通されたのは、ごちゃごちゃした食堂。
テーブルや椅子が適当に散らばっており、奥の厨房からは焦げた肉のにおいがする。
床も汚いし、テーブルもぼろぼろだし、グラスはかけてるし…
あ、だめだ。ここ。なんとかしなきゃ。
「ゼロさん、ルルクさん。お願いがあります」
「あ?」
「どうしたんだい。急に」
「ここを片付けさせて下さい!!!!」
わたしは頭を下げた。
なんだろう、職業病かな。こういうのを見ると無性に泣きそうになる。
ということで急きょ、食堂の大掃除大会が始まった。大量の水を撒いてこすり上げ、ごみをまとめて捨てて、壁を磨きまくった。
「大したもんだ。よく働くねぇ」
ルルクさんは感心してわたしたちの仕事ぶりを眺める。
そう、わたしたちだ。
暴走列車のクガネは床の雑巾がけ、そしてまさかのゼロさんがテーブルなどを直してくれたのだ。
破壊しかできないの代名詞だったゼロさんだけど、修理はできなくもないとのこと。やることは簡単で机や椅子の脚を鎌で一閃。高さ違いでガタガタしていた足がまっすぐになった。
うーん。これはわたしにはできなかったな。ありがたい。
というか今気づいた。鎌!?
「ゼロさん鎌持ってたの?」
「あ?」
「それ」
「俺は自由に武器の形状も変えれる」
「剣以外も使えるの?」
「一通りはな。別に俺は剣士と名乗ったことねぇよ。剣が万能だから楽なだけで」
なるほど。
まぁ上着だって変えられるんだから今更驚きはしないけど。
鎌か。死神みたい……あ、ゼロさんの異名に死神があるのはコレのせいか。
「いーりす!ゆかおわったぞ!」
「よし!」
高速の雑巾がけは床をぺっかぺかにした。
「こっちも終わりでいいか」
「よし!」
最強の剣筋(鎌だけど)は、机や椅子の足をミリ単位で切り取り、高さを揃えた。
「わたしも終わったよ!」
そしてわたしはごみをまとめて、食器を磨いて、においの元を絶って、掃除して…残り全般を綺麗にした。
「すまないねぇ。本当はこっちがやるもんなんだろうけど、男ばかりでそういうことに疎くてね」
「お前がやればいいだろうが。一応女だろ」
「アタシゃ頭だ。頭が雑巾もって床をふいてる姿なんか見せられるもんか」
うーん。まぁ確かに銀さんが雑巾持ってたら驚くもんな。そういうものかもしれない。
「乗せてもらうだけでは悪いので、料理は任してくださいね!」
「そうさせてもらうよ。ありがとうねぇ」
ルルクさんは優しく笑ってくれた。
ちなみに発生したごみは、全部ゼロさんが破壊して消してくれた。ほんと便利だよね!その力。
そこでわたしは恐ろしいことを思いつく。
「…ゼロさん、思ったんだけどさ」
「あ?」
「もしかしてあの食堂、汚れとか匂いとか破壊するってのもできた?」
「生き物に対してできることが部屋にできねぇわけないだろ」
……くそ!笑うなよ!わかってて掃除してるの見てたんだな!
「それじゃ飛ばすからデッキに行こうかね」
ということで、飛空艇のデッキ、屋上のようなところに連れて行ってもらえることになった。
無駄な労力だったかもしれない問題は忘れよう。うん。
この飛空艇、どうやって動いているのかとルルクさんに聞くと、やっぱり魔石と魔力の合わせ技らしい。内容聞いたけどよくわからなかった。やっぱり機械系はよくわからん。
「アタシゃゼロが羨ましいよ。空を自分の体だけで自由に飛べるなんてね。風の属性持ちだったならできたかもしれないけどねぇ」
ルルクさんの属性は炎。空を飛ぶには向かないけど、飛空艇の燃料とするには最適な力だ。
それにイメージにもあってるし、魔法を使えないわたしからすると羨ましい。
「さて、ここがデッキだ」
手すりがあるだけの広いデッキは、飾り気もなければ安全面もどこか疑わしい。
でも食堂よりも何倍もきれいに使われており、空賊というのはやっぱり空が好きなんだろうなと感じた。
心なしかルルクさんの顔も月明かりに照らされて明るい。
「それじゃ、飛ばすよ!」
ルルクさんの号令が飛ぶ。船内にパイプが通り音が伝わる仕組みのようだ。
それからエンジンの音と爆発の音。大きな揺れがして、ゆっくりと飛空艇は空中に浮いた。
「いーりす!いーりす!とんでるぞ!!すごい!!!」
「こら小僧!危ないからしっかりつかまりな!」
強烈な重圧と揺れ。クガネのように飛び回るなんてことできるはずもなく、しがみついていても怖いくらいだった。ちゃんと手すりを握れているのか、揺れのせいで怪しく感じる。
「怖いのかよ」
ここにも手すりにつかまらない人、発見。
「っだだあだだっで、すすすごごいいいゆれるるるる」
しゃべるのやめた。舌噛みそう。
「なんて言ってるかわかんねぇよ」
そしていつものように、ゼロさんは笑いながらわたしの首根っこを掴み引き上げる。
多少わたしの背が高くなったところで、手足の長いゼロさんには、わたしを宙づりにすることなんて簡単だったらしく、
「わぁああああ!」
いつもより高い目線での景色は、驚くほど綺麗だった。
そして、自分で手すりを握るよりもこっちの方が安心感あるなんて、時間がたった今でもゼロさんに頼りっきりなんだなと心から思った。
飛空艇は空中で安定し、速度をあげて空を突き抜けた。