01
翌日の夜、わたしたちは出発した。
喧嘩しながら去っていくルナたちと、静かに森にまぎれるわたしたち。
今度会うのはルナティクスでってことになる。
そこですぐにわたしたちは問題を発見した。
「お前服作れるか?」
「もちろんだけど、どうして?」
「こいつまずいだろ」
指さすのはピンと立った耳に、肘から手首と膝から足首のもこもこ毛、尻尾をふさふさと揺らすクガネだった。………まぁ確かに。
「おれがまずいか!」
「まずいだろうな」
「うん、まずいね」
なにせティナ持ちと言うにしても…クガネが何なのかわからない。クガネ自身もわかっていない。
立ち耳とか尻尾とか色合いとか、狼のようだとは思うけど、顔の縞は説明つかないし実は手足や背中の毛の下には肌色の鱗があるし。
クガネは総じて、意味のわからない生き物なのだ。魔力ゼロだし、心臓がないというか、鼓動がないのに体はめっちゃあったかいし。
「見つかれば余計な敵を増やすし、皆殺しにしろって言ったって許さないだろうし。街には入らないとしても、一度でも目についたら忘れられそうにはないしな。どう見ても人間じゃないやつは身分証確認くらいあるだろ。
だから、お前を連れるとなると、耳と尻尾を切り落として毛をそり上げるか、なんとか隠すかのどっちかしかない」
ティナ持ちの身分証は、きちんとティナ持ちだとわかるようになってる。危険性を知らせるためと、きちんと管理するためだ。
身分証は魔法属性を調べるときに一緒に作られるらしいから、もちろんわたしも持ってない。というか身分証には魔力を登録させるから、わたしやクガネには無理な話だ。
「ゼロさんって身分証持ってるの?」
「一応偽造したものは」
持っているらしい。
「おれはそるのがいちばんいやだぞ!」
「切るより剃るのが嫌なのかよ」
ということで、いつもラフで緩く露出の多い服装だったクガネの着せ替えが始まった。
まずは布の調達。これは銀の連合の人がタダで協力してくれた。朝食で胃袋を掴んで正解だった。
いつも半そでのパーカーを羽織っても服のボタンは閉めず、足はむき出しの半ズボンで靴はない。そんなスタイルで窮屈のを嫌がるクガネだが、今回はそうもいかない。
長袖の服をさくさくと作り上げ、長ズボンをせっせと縫う。靴は爪で突き破らないように大きめのものを用意した。
「なんだ!うわ!うぅう!?ぅぅぅぅぅぅ!!!」
でも、着せたクガネはもはや歩けなくなってしまった。転げまわって、しきりに体をかきむしる。
あ、やぶれた。ばらばらになった。布くずのできあがり。
「いーりす!これはだめだめだ!しばられてるみたいだぞ!」
そんなことはありません。
ものすごくオーバーサイズに作ってます。
「これがいちばんいやだ!」
尻尾でばしばしと叩くのは靴。
裸足で何を踏んでも特に痛みを感じないクガネに足のガードは邪魔でしかないようだ。
なるほど!どうしようか。
不必要なものを身に着けたくないのは道理といえる。クガネにとって服は邪魔でしかないのだから、服が邪魔だけど邪魔じゃない服を作る…、ん?服作れなくないか?じゃ服じゃないもので隠す…。
「しょうがねぇな」
ゼロさんが盛大にため息をつく。それから耳に手を当てどこかに連絡を取り始めた。
「…よお、俺だ。契約の執行だ。借りを返せ」
契約の、執行?
それから夜間の高速移動。
お馴染みの爆速クガネを先頭に、ゼロさんがわたしを抱えて空を飛ぶ。いつもは空高く飛ぶんだけど、今日はクガネに合わせて低空飛行だ。しかも森の中を。
「はっはははは!すごいな!たのしいな!」
「あんまりちょこまかすんな!」
「だってすごいぞ!るなてぃくすのきとちがうんだぞ!ちょっとのぼってくる!」
「行くな!馬鹿」
脇道にそれかけたクガネの尻尾を引っ張って剥がし、ポンと投げて走行が流れるように開始する。
「なんでだ!」
そう言いながらもクガネは走る。
「時間が惜しいのと、お前の姿を見られたら面倒なのと、夜が明けたら最悪だから。以上」
「なるほど!わかった!………にくのにおいがする!?」
「わかってんのかよ!」
方向転換しようとしたクガネの耳をひっぱって修正。
ゼロさん、めちゃめちゃ大変そうだけどわたしも大変なのだ。
木を避けながら高速で飛び、急なクガネの動きに対応するせいで、がっくんぐらぐらで………。
酔う! 抱えられてる状態で我慢が足りないのかもしれないが、久しぶりに空を飛ぶ人に対して荒すぎじゃなかろうか。
「というかゼロさん!どこに向かってるの!?」
「砂漠」
「砂漠?」
お前らがはしゃがないといいけどな。そう言ってゼロさんは大きなため息をついた。
そして間もなく到着した砂漠。
何もない。砂しかない。砂の海だ。
「ひゃほおおおおお!!」
「すごい!すごいぞ!すなをおよげるぞ!」
クガネと二人ではしゃぎました。
存分にはしゃぎ、ゼロさんの鉄拳が落ちて、砂まみれの体をばりっと破壊してもらって、今はこのなにもないところで休憩中。どうやらゼロさんは何かを待っているようだ。
「何を待ってるの?」
「馬鹿には言わねぇ」
これである。
忠告されたのに遊んじゃったから、ゼロさんは少々お怒り気味だ。申し訳ないと思うからわたしもそこまで突っ込んでは聞かない。
なるようになれ。
「ぜろ。なにかきこえるぞ!」
耳をぴんと立てて、クガネの頭が左右に動く。
毛を逆立てて警戒しているが、ゼロさんはどうでもよさそうに煙草を吸う。
「敵じゃねぇよ。お前にはあの機械音は慣れねぇだろうけど」
「きかいおん?」
「直ぐに見える」
夜空を見つめるゼロさんに習い、わたしもクガネを上を向く。綺麗な星と欠けた月がそこにはあった。
そう間もなくわたしの耳にも音が届いた。ゴゴゴゴゴと、少し不安になる音だ。
「クガネ、あそこで踵落とし」
「う?なんでだ?」
「目印」
クガネは首を傾げながらも軽く助走をつけてジャンプすると、踵を振り上げてそのまま地面に叩き付けた。
地鳴りと砂の海が波うち、大量の砂が空高く舞い上がった。すると機械音が激しくなり、爆音をたててあっという間にそれは到着した。
空飛ぶ船。飛空艇だ。
「す、すご…」
わたしの感想は月並みで、
「くさい!!」
クガネの感想はやっぱり変だった。