13
ようやく、でてきたか。
あれだけ派手に動いて何で動かねぇのかと思ったら。
そうか。そんなものを動かしてきたか。
「…教会が!」
瞬時に力を解放する。出し惜しみをしている暇はないと判断した。
教会の修道士たちがずらりと並ぶ姿は壮観だが、太陽に照りつけられながら快く見てられるほど余裕はない。
翼で風を薙ぎ、天へ向かう。
当然のようにそこには結界が張ってあった。
「あ゛-……」
これなんだよなぁ。
これがほんとにめんどくせぇんだよ。
「祈りを」
誰かがつぶやき、修道士たちの呪文が響く。
呪文というか、教会の論じている神様びいきの言葉の羅列だ。自分らは救われるだとか、赦しを乞えだとか、なんとかこうとか。
奴らにとってティナは神の涙。
憐みの結晶だ。
ティナへの憎しみはなく、あるのは憐憫。
そしてティナを得ることは、種族を殺戮し滅ぼした人間への罰だと思っている。
だからとびっきり悲しんで、ティナを得た人間をとびっきり苦しませて、赦しを乞うためティナ持ちを神へと返す。そんな考えだ。
ふざけてるよな。悲しいなら勝手に祈っとけって思うが、きついのはティナ持ちだろうが。
お前らの意味不明な考えに付きあわせて、人柱にしてんじゃねぇよ。
「まぁ、俺に対しては、少し違うか」
悪魔は人間の敵だ。そして神に敵対した種族だ。神様大好きな人間様には存在さえ許しがたいだろう。
ということで、こいつらの意味不明な祈りの言葉は何故か俺にはよく効く。
耳障りな迷い事を並べてくれるだけで、俺のティナの部分が暴れまわるのがわかる。
なんで神と悪魔の関係ってこう……悪魔が不利なのかねぇ。火と水の関係みたいに光明を残せってんだよ。
俺にとっては弱点で、あっちにとってはそういうわけでもねぇとか不条理だろ。
まったく。昨日は毒にやられて、翌日は浄化されるなんて何の冗談だ。
「何度も、同じ手だよなぁ」
結界という特殊な魔道具で閉じ込め、その後祈りで弱らせる。その弱ったところをやつらは付け入る。
俺は剣を薙ぎ、降りそそいだ矢を払いのけた。
「悪魔」
「悪魔」
「浄化しなければ。あなたは神のもとへは返さない」
「あなたは穢れ。あなたは神のもとへは返さない」
そこに立つ二人。
双子の姉弟は、木目を描いた弓をもち、透明な矢をそこに番える。ひとりは風を操り、ひとりは水を操る。あいつらの番える矢はその水使いが聖水を結晶化させたものだ。
「死んで」
「消えて」
勝手な言い分で大量の矢が放たれる。
不条理は慣れたもんだが、狭い結界内に降りそそぐ太陽光と矢の雨。ついでに呪いの歌つき。最悪を絵にしたような、壮大な光景だ。
だが、最悪は何度も味わって更新してきた。この程度で絶望するつもりはねぇ。
動けるうちにこの結界を破壊して、うるせぇ信者どもを一掃するのが先だな。
「!?」
胸からせりあがってきた何かを吐き出し、血まみれの手が完成する。
痛みはない。魔力にも異常はない。なのに何故急に内部にダメージが?
「暗殺者の毒」
「あの毒はただの毒だけど」
「神の清めた水で作った」
「神の力で神聖化する水で作った」
「声で反応する」
「祈りが届く」
あーあー、そういうことか。まさか昨日もこいつらの仕業だったとはな。
俺に効く毒とか、暗殺者どもも技術が進んできたなと思ったら…何だよ聖水かよ。
つーか暗殺業に神が関わっていいのか?現れることが少ない集団だが、手段選ばねぇよなぁ。
「滅べ」
「滅せ」
「消えろ、悪魔め」
「消えろ、悪魔め」
同時に空が暗くなる。
おびただしいほどの矢じりがこちらを向き、回転しながら落ちてきていた。
くそ、頭が回らねぇな。ティナが疼く。
「死ね、化け物め」
頭が妬けるかのような痛みと同時に、矢の嵐は背や腕、足を貫いた。しかし致命傷にあたるものは全て破壊し、血は迸るも倒れることはなかった。
体が溶けていく、嫌な臭いがする。口の中の血の味もいつもよりまずい。
俺は徐々に狭まる結界に手をかけた。
腕は黒く染まり、それが流れるように結界へと移る。
祈りの声は大きくなった。
それと比例して注ぐ魔力の量を増やす。
結界にヒビが走る。
「なんだ、その力は」
「弱っていたはず」
「太陽も出ている」
「祈りも届いている」
「なぜ?」
知るかよ。
知らねぇけど、俺はその言葉が死ぬほど嫌いならしいんだ。
その「化け物」って言葉。
結界を砕く。
同時に飛び出し、闇を纏った剣で水の方へ斬りつける。旬時に聖水がまかれ、結晶化した槍とか矢がまたも降りそそぐが、知るか。めんどくせぇ。翼1枚を盾にし、剣をそのまま振り抜く。
「うぐっ」
弟の腕から血が流れる。風の方が下がらせたようだ。
「下がっていいのかよ」
俺の闇は渦巻き、壁のなくなった信者へと牙を剥いた。慌てて守護者である弓の姉弟は、水と風が合わさった合体魔法でそれを相殺した。
呪文は止まらない。
とにかくこの雑音をなんとかしないといけねんだけどなぁ。
「おかしい」
「弱っていたはず」
姉弟は表情のない顔で弓を構える。
「は。神に仕えててそんなこともわからねぇのかよ」
突き刺さった矢や氷を引き抜き、同時に中の聖水を破壊していく。触るだけで手が焼き溶けるが、刺さったままだと尚都合が悪い。
「お前らが俺を弱っていると考えたのは見た目だろ?」
風穴の空いた翼を一度消しまた出現させる。同時に闇を走らせ、作られはじめていた結界を砕いた。
「確かに最近仕事続きで疲れてたからなぁ」
背に刺さった矢は引き抜き、血が大量にこぼれる前に、魔力を回して治していく。傷は比較的早く塞がった。
「わざと寝てもなかったし、見た目は酷かったろうな」
傷がふさがったのを確認し、体の中にたまった血を吐き出す。よし、ほぼ全快だな。
「……ここ最近、魔力事態は一切使ってねぇけど」
体に魔力が、そして同時に覇力が満ちる。
指先までみなぎるそれは、俺を支配するかのように包み込み染め上げていった。
最近一度やったからな。勘も取り戻してる。瞳は熱を帯び、体を包み込む闇はさらに重量感を増した。そして鎖のような、呪いのような。黒い文様が腕に走る。
相手は神様を崇める教会だ。俺も俺なりに、礼儀を尽くそうじゃねぇか。
「…さて、信者ども。アルテマについて。教えてもらおうか?」
闇に染め上げた眼には、恐れ戸惑う人間が揺らぐ姿が映る。
人間としてではなく、淀み崩れそうな魔力の塊として。
手にもつ魔剣が姿を変える。俺の力が崩れ、形成し、現れたのは身の丈ほどの大鎌。
「色欲」
鎌を振り抜く。
空を切ったそれは何も残すことはないが、続くように叫び声、泣き声、うめき声、そして断末魔が合唱にように響いた。
俺は耳を切り裂くような音の渦に中心に立つ。
あー、気分がいい。
覚醒状態ってのはティナの影響が濃い。
人が壊れる感覚が、高揚感が半端ない。
「…さて、狂い死ぬ前に俺に懺悔したいやつはいるか?」
耳障りな神への言葉はもう聞こえない。
あるのは悪魔へ赦しを乞う声だけだった。