05
「ふう」
光の消えた石を胸へ隠し、ぐっとひとのび。
わたしは表のルナティクスでやることを全部終わらせて、ルナティクスで使っている自室で休んでいたところだ。
ルナティクスっていうのは、教会や軍もなければ強い規則もない無法地帯の街だ。
銀さんが運営しているこの街は、どこの街よりも栄えていて、できないことはないといっても過言じゃない。そんな場所も、裏にある本当のルナティクスを隠すためなんだけど。
わたしはイーリス。
北の国アガドルークの大牢獄からゼロさんに助けてもらい、脱獄したアビスシードと呼ばれる人間だ。
得意なことは作ること。機械系や建築関係は苦手だけど、それ以外なら大抵はできる。
ここにつれてきてもらってから、レストランを主体として働いていたけど、医療関係の手伝いもしたしカジノでも働いた。
ディーラーはさすがにやらしてもらえなかったけど、掃除係から案内係、音楽係の場所で踊るダンサーとしても働いた。なかなか人気だったのだ。わたし、力はないけどすばしっこいし身軽だからね。
これまでどうしたって勉強よりも力仕事よりも、細かな作業関係が得意だから技術ばかりを盗んできた。
けど、意外に天職だったのがお客さんとのお話し係。どわーーって怒るお客さんと話して解決する仕事だった。これ、給料がよかった。すごくよかった。アガドで交渉係になった経験を活かせてラッキーだったと思う。
「それにしてもゼロさんはほんと…ほんと困った奴だね。クロヨシ」
ベッドにごろりと転がるクロネコ、もといクロヨシをぽすぽすと撫でる。
それを見て悲しそうなシロベエも撫でてあげた。
ゼロさんが去ったあの日、わたしはさっそく働いてほしいと言われたレストランに特攻し職に就いた。
まさかゼロさんが誰にも言っていないと思ってなかったから、気づいた時にはあちこち大騒ぎになっていたのだ。
街を治める銀さんがレストランに来たときには、さすがに雇い主であるマスターもぴゃってなってたな。
事情を話したら、銀さんはあいつらしいと頭を抱えていたけど。
それから比較的に早く、ひとつの暗殺ギルドが潰れた話が舞い込んで、お客さんの中にはその関係者ももちろんいるから、何度もゼロさんの名前は聞いた。
まぁ、ルナティクスには個人主義の人が多いから、だからってどうにもならなかったんだけど、ゼロさんを殺せという依頼が一時的に増えたらしい。
それをどうしたかと銀さんに聞いたところ、「達成は不可能だ。連合にそれを可能とする人材はいない」と答えたらしい。
確かに難しい案件をこなしているゼロさんを、役に立つという意味でも殺せないし、実力的な意味でも殺せない。
達成不可と銀さんが言うのだから、これ以上何か言う人はいなかったのだろう。だからこそ、そんな物騒な流れもすぐに終わった。
「ただいまー」
玄関から声。
スーツ姿に金色のストレートヘア。きっちり着こなしたそれを、無造作に脱いでぽんとソファーに放る。わたしはそれをさくっと拾ってハンガーにかけておいた。
「あ。ありがと」
「おかえり、リオ。お疲れ様」
「そっちもお疲れ様。聞いたよ、仕事やめたんだって?」
リオはティナ持ちだ。
九尾の狐のティナ持ちで、幻を見せたり炎を操ることができる。
金のストレートヘアにスリムな体。身長も高く、まるでモデルさんのようだけど、職業はお医者さん。大人びた顔つきは綺麗でカッコイイ。そして尻尾がある。コレ重要。
わたしたちは仕事をする関係で、裏に帰れないときもちょこちょこあって、同じ状況にあるリオと一緒に表で部屋を借りているのだ。所謂ルームメイトってやつである。
「そうだよ。情報伝わるのはやいね」
「その店のマスターが酒の飲みすぎでこっちに運ばれてきてね。症状も軽かったから大丈夫だったんだけど、ヤケ酒の肴はイーリスだったみたいだから」
「ああ……」
マスター。人に迷惑をかけてはいけません。
「何か食べてから裏に戻ろうか」
「うん。さくっと作ってしんぜよう」
「あの店を超えるっていわれる味が出てくるんだから、あたしはほんとラッキーね」
そう言ってリオは尻尾をゆらゆらと振った。
入った当初は知らなかったけど、わたしのいた店は相当有名店だったらしくルナティクス1とも言われて、他の国でも噂になるほどならしい。
豪華食事から民間の食事まで、魚も肉も野菜もデザートも何でもできる。安くてもうまい、高くてもうまい、臭いだけでもうまいと有名。
マスターって自信家だなーって思ったらそういうことだった。まぁルナティクスで1番なら自信もつくよね。
「で。ゼロはなんて?」
「ふぇ!?」
「だからイーリスはわかりやすいんだって。なんて言ってた?」
仕事してもポーカーフェイスは取得できなかった。
「戻るってよ。でも…やっぱり大変みたい。たぶんゼロさん怪我してたし」
「あいつだもん。いつものことだよ。気にすることないって」
とか言いながら、一番心配してるくせに。
リオは表情にはでないけど尻尾にでる。今は力なく、ぐたーんとしてるその尻尾に。
「リオはゼロさんのどこが好きなの?」
「…よくわかんない」
顔が赤い。赤いですよ、リオさん。そっぽ向かないで。
「初めて会ったときにカッコいいと思った。話を聞いてすごいと思った。同じティナ持ちだと知ってからは憧れた。いろいろわかってからは力になりたいって…。
優しくもないし、名前だって呼んでくれないし、誰も見てないし自分勝手だし、それでもいいなって思ったんだよね。うまくいえないけど」
照れくさそうにギャップの塊はお茶をすする。耳まで赤くて、なんとか落ち着こうとしているのが可愛い。わたしは機嫌よく料理を進めた。
「イーリスはどうなの?」
「どうって、どうなの?」
「あたしイーリスもライバルなんじゃないかって思ってたんだけど」
ライ、バル?
「いや、ゼロさんは、うーん、恩人だしなあ」
「そんだけ?」
「というか好きとかちょっとよくわかりません」
「あ、そう」
そんな目で見ないで!!
「わたしは、ゼロさんのこと知りたいとかはあっても独占したいとか思わないし、リオの話を聞いてても嫌じゃないし。
ほら、えーと、くっついたりしたいとかそういうのもない。死ぬとか怪我するとか絶対嫌だけど」
「それなら違うのかな。あたし、ゼロを束縛したくてたまんないし」
「ええ!?」
「はは。冗談冗談。
ただ行き先くらい教えてほしいし、旅に出てる時に思い出したりはして欲しいかな」
リオはそう言って可愛く笑って、取り繕うように尻尾の手入れを始めた。尻尾がボッてなってるよ、リオさんや。料理に毛が入らないように気を付けてね。
それにしても、好きか。……………うーん、難しい。
「というかイーリス、今まで誰かに告白されたりしなかったの?
あんた結構有名だったじゃん。撃沈したって情報も入ってきてるんだけど」
「………されてたのかな!?」
「あ。イーリス完全にダメなタイプか」
急にダメだしされたわたしはその後きっちりと料理を作り終え、仕事に疲れたリオに食事をだした。激辛ソースのステーキを喰らうがいい!!
「あーおいしい。辛くても味もわかるし深みがある。さすがだね」
真っ赤な激辛肉はティナ持ちにはきかず、むしろ褒め倒され、食ってみろと食べさせられたわたしが撃沈することになった。
わたしが作ったんだから美味しいさ。でも辛いんだよ。
わたしは根っからの甘党である。