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破壊の魔王  作者: Karionette
外界編 第一章 脱獄
1/335

01


2020年開始


よろしくお願いいたします!






(しろがね)。到着だ。案内しろ」



3歩先も見えない暗闇のなか、一人の男がいた。黒い装束に身を包み、口もとまで襟を引き上げ隠している。目付きは鋭く、彼の濃紫(のうし)の目は深淵さえも見通しているようだ。


男はゆっくりと、音もたてずに進む。



「は。俺を誰だと思ってんだ。そんな間抜けなことしでかすかよ」



暗い道は何も見えないが、生温い風に強烈な刺激臭を漂わせていた。通常ならば進むことはおろか、呼吸さえできない毒素に満ちた場所である。

その毒は一呼吸でも吸えば平衡感覚がなくなり、やがて体が全く動かなくなる。そして最後には命をも落とすのだ。


しかし男は顔をしかめるだけで通信機からの案内通りに進む。



「あ"?」



その案内に逆らったのは、道が交差した丁字路に出た時だった。


男はすぐさま壁に背を預け、静かに懐から剣を抜く。肘から手先程度の長さの短剣だ。



「……先客がいるらしい」



男が聞いたのは獲物を追いたてる犬の声。そして危機迫った足音。

それらはこちらへ向かっていた。



「……だな。このままじゃ出くわす。まったく……ついてねぇな」



男は剣をゆったりと構えた。剣は確かに現れるはずの獲物と捕食者の命を狙う。


犬の鼻は鋭敏だ。

姿を隠してやり過ごすことはできず、ここに存在することで残った臭いは、濃い血の臭いでもなければ消すことはできない。


男はため息をついた。


男自身は何も手がかりや痕跡を残していないが、先客が見つかって追われているがために、引き下がらなければならない。

この状況では依頼された調査どころの話ではなかった。


こうなればいかに迅速に向かってくる存在たちを始末し、犬を管理している何者かに男の存在を気づかれずに終えるかが重要となる。

いずれは明らかになるとしてもそれは遅れる方が都合良い。脱出の時間稼ぎになる。


音が近づく。


完全に気配を断った男に犬は気付く様子もなく駆けており、予定通りにこちらに向かってきているようだ。


そこで男は少し妙に感じた。


追われている側の獲物の足音。速度はあるが足音に重みがなく軽い。鍛え上げた者の筋肉のバネを使った走りではない。



「……ガキか?」



男は小さく呟き、それでもなお、躊躇いもなく最高のタイミングで一閃を放った。


男にとって相手が子供かどうかなど関係ない。いかに一瞬で、同時に始末することができるか。一声あげる間もなく終わることができるか。それだけだった。



「!!」



しかし思惑通りにはいかない。

道から現れたそれに、男は目を見開いた。


男の目に焼き付いたのは、特殊なマスクを被った獰猛な犬でも、獲物の対象が想像よりも小さな体であったことでもない。


緩やかな白銀の髪。

追われている少女の髪である。


既に解き放った剣は一直線に彼女の命を狙っている。男は一瞬で状況を判断し行動した。



「ちっ!」



軽く舌打ちをしながら、男は咄嗟に空いた手で少女を抱き寄せた。

重心がずれたことで、剣閃は牙を剥き出しにした犬の腹のみを切り裂く。



「キャィィィイイン!!」



首をはねる一撃がずれたことで即死させるには及ばず、痛みに叫ぶ悲痛な犬の叫び声が響く。男は流れるような動作で即座に止めをさすが、声が発せられた今においてそれはあまりにも遅い。

犬を殺せる何かがいる、ということが、今周りに知らされてしまったのだ。


しかし、男は気にも留めない。

彼にとっての重要事項は異なっていた。


抱き寄せた少女の胸ぐらを乱暴に掴み、壁に(はりつけ)にする。

少女の足は簡単に地から遠ざかり、鋭い睨みをきかせた男の目から逃れることはできなかった。


男は暗闇の中、少女の姿を見通す。


怯えた表情の幼い顔は痩せ細って汚れており、鮮やかな翡翠の眼の下には黒い隈、ひび割れた唇からはヒューヒューと息がこぼれていた。

そして男の目を奪った長く緩やかな癖のある髪は、白銀ではなく白に近い桃金色だった。



「……違う、か」



男は再び舌打ちをしながら、少女を放す。

始末することは簡単だが、そうするつもりはなかった。

死体に価値はなく知識や記憶には価値がある。偶然とはいえ生かすことになったのならば最大限利用すべきと考えたのだ。


女だから、子供だから、可哀想だから。そういった良識をもってのことではない。


男は使った短剣を適当に放り投げ、気だるげにため息をつきながら、口もとを覆っていた布を下にずらして言った。



「で?お前。何だ」



凍てつく視線が容赦なく少女に刺さる。やっと口が開くも、わなわなと震えていた。


問いの意味はわかっていても、混乱と恐怖の中にいる少女には、適切な答えを出すことができなかったのだ。代わりに頭のなかで何度も何度も、唱え続けた言葉を唱える。



「お、…お願い、し、ます」



鈴の音のような、小さくも不思議と響きのある声が紡ぐ。



「助けて、く、ください」



少々の名はイーリス、男はゼロと呼ばれていた。


これが二人の最初の出会いである。





一章終了までは連投します!



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― 新着の感想 ―
暗闇の中でのゼロの冷静さやイーリスを助けるために行動を起こす瞬間が印象的でした
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