プロローグ
初めての執筆なので、多少おかしい部分もあると思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ガシャン
バケツが落ちる音が四角いトイレの中に響き渡る。
「キャハハハハ!!マジキモイ!死ねよ!」
グループと思われる中の女子が水を被り座り込んでいる男子に言った。
しかし、男子は顔を上げることなく床と顔を合わせている。
「おい、ちっとはこっち向けよ?あぁ!?」
金髪で鋭い目の男が胸ぐらを掴み左手で顔を殴る態勢に入ると
「やめとけ、多分そいつ、殴ってもなんも変わらねぇから」
白髪で黒縁の眼鏡を掛けたリーダー格と思われる青年がすっと制した。
ちっ
金髪の青年は舌打ちをし、掴んでいた胸を勢いよく離す。
黒髪の男子はその反動でドテッと尻もちをつき、また、床と顔を合わした。
「そろそろ授業か、じゃぁな愚図、また昼休み」
集団は男子を一瞥するとトイレを後にした。
これが、黒髪の青年の日常だった。
体型は小柄で、勉強も運動もできない。
そんな、恵まれていない少年のような青年は虐めの対象となっていた。
青年は心の底から、自分を憎み世界を恨んでいた。
自分をこんなにも恵まれていない人間に生み出した世界を、そして、努力をしても何の成長もしない自分に対しても。
重い腰を上げ、お尻の埃を手で叩きのけると洗面所にある鏡で自分の顔を確かめる。
橙色に輝く瞳とは裏腹に黒い隈が線をなぞり、黒くボサボサした髪は幸の薄さをより際立たせ更に不潔感も与える様だった。
(あぁ、どうしてこんなにも気持ち悪い人間に生まれたのか…)
自分の弱さに絶望した青年はボーッと鏡を眺める。
不潔感のある青年『榊 恍太郎』は水を滴らせながら、教室へと向かった。
ガラッ
教室のドアを開く音に全員が振り向く。
その中には先ほどいた虐めのグループも混じっており不敵な笑みを浮かべている。
恍太郎はそのグループを一瞥して自分の席に座り黒板を睨む。
その直後、また教室のドアが開き薄頭で小太りの男が入ってきた。
すると、先ほどまで喋っていた生徒たちはゆっくりと自分たちの席に戻っていき机や鞄の中から教科書とノート、筆記用具を取り出し机の上に置き始めた。
「えーそれでは、教科書の82ページを開いて」
小太りの男は、真ん中に座っているずぶ濡れの恍太郎には目もくれず授業を淡々と進めた。
しかし、そんなことを恍太郎は気にしてなどいなかった。
なぜならそれが≪普通であり日常≫だった。
虐められることも、それを無視するクラスも、教師の態度も。
黒板に書かれる白い文字を恍太郎は何も考えずにただ見つめていた。
真面目に授業を受けても自分の身につかないことを誰よりも知っていたから。
その為、机の上には何も出していなかった。
他の生徒が出している筆箱もノートも教科書も
すると、ズカズカと誰かが歩み寄ってくる。
「榊、おい、榊、立て」
先ほどまでの弱々しくも低い声とは変わり恍太郎の耳に入ってきたのは威圧感のある低い声だった。
その声に従い恍太郎はゆっくりと立ち上がる。
恍太郎の胸ぐらを勢いよく両手で掴むと教師『小倉立治』は罵声を飛ばした。
「おいゴミ、ノートはどうした?」
威圧的でこちらを見下すような目でドスの効いた声で続ける。
「教科書は?筆箱は?どこにある?なぁ!?」
怒りの混じったその声にも顔色を変えずにただ見つめるだけだった。
「なんでノートを持ってこない、なんで教科書を持ってこない、なんで筆箱を持ってこない、なんで勉強しようと思わない?」
胸ぐらを掴んでいる両手に血管が浮き出る。
そして、恍太郎の足が床から数cm離れたところで教師『小倉』の右腕が胸ぐらを離し思い切り恍太郎の頬を殴った。
それは、この現代社会においてあり得ない行動だった。
教師が生徒に暴力をふるった。
普通であれば教室中が大騒ぎし大問題となるはずだがこのクラス、2年3組は騒ぐどころか、寧ろ、大人しく殴られた恍太郎を心の無い目で見る程度だった。
「ハァ、ハァ」
教師の興奮冷めやらぬ息継ぎだけが教室に聞こえる。
「立て おら、さっさと立てよ」
そう言って、また恍太郎の胸ぐらを掴み殴る。
クラスの虐めグループはその光景を見てニヤニヤしていた。
ただ、その光景を見ていた虐めグループを見ていた者もいた。
小倉だった。
彼は自分のする行為に笑っている虐めグループを見ていた。
まるで、ご機嫌取りをしてるように。
また、胸ぐらを掴んだ小倉は、もう一度、尋ねる。
「おい、どうして、勉強しようとしない」
その問いに恍太郎は重い口を開いた。
「どうせ、勉強を頑張っても、自分の頭の中に入らないからです」
真っすぐ、橙色をして、しかしどこかすべてを呑み込むような光無き黒い瞳をして言った。
小倉はその言葉を聞くと頭の血管を浮き出させ、また恍太郎を殴り飛ばした。
しかし、誰も止めようとはしないし、助けようともしなかった。
これが、榊恍太郎と言う人間の日常だった。
誰かに優しい言葉を掛けられるわけでもないし、誰とも仲良く話すわけでもない。
そんな日常を送るのが当たり前だった。
そう、当たり前の日常のはずだった…