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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
他人の悲劇は、常にうんざりするほど月並みである。
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「大切だった人との記憶を、忘れるわけがないでしょう」


「多分、ここに来た事で忘れたんじゃないかなって思う。それか、忘れたかったか」


「忘れたかったら、きっと真っ先にあおいを忘れるよ、私は。そういう人間だって知ってるでしょ」


 忘れられるものなら君を忘れるだろう。君のいない人生に意味はないとまで言い切れてしまう理由を作った君を。


「うん知ってる。でも忘れなかった。愛の力って偉大だね」


「突然のポジティブシンキングだね」


「まあ、それは置いといて」


 君は私の手を握ったまま、真っすぐこちらを見た。


「どうして僕がここにいるのか考えた。よるにとって大切な存在と思ってくれてる事は分かる。でもそしたら、どうしてここなんだろう。この家なんだろうって」


「確かに。あおいだけなら一緒に住んでたマンションでいいよね」


「そうなんだよ、僕にとってもよるにとっても、二人だけの世界はあの部屋だ。でも、そうじゃない」


 都内の一等地建てられたセキュリティ抜群の高級マンション。綺麗で部屋が二部屋ある広いお家。キッチンはガスではなく、電気だった。蛇口からお湯が出るのは当たり前だし、畳の部屋は一室もなく全て明るい木目調のフローリングだった。広い窓を開ければ都内の夜景が一望出来てロケーションは抜群だった。君の給料と職種に見合った部屋なのだろうけど、私はあそこがあまり好きではなかった。


「でも私あの部屋あんまり好きじゃなかった」


「僕も。あれは事務所の人が勝手に決めたからね」


 叶うなら、都会の喧騒を離れた場所が良かったと二人でよく話していたのを思い出す。君はこの小さな港町出身だから、あまり騒がしい所は好きじゃなかったし、私は父と二人で住んでいた実家が同じように都内のマンションだったから、生活感がなく静かな実家を思い出して少し嫌だった。


「この町だったら、叔父さんたちのお家だったら、よるにとって大切な人たちの中に入る叔父さんと叔母さんだって出てきてもよくない?」


「叔母さんは死んでないよ」


「でも叔父さんは亡くなってる。僕らが一緒に住み始めた年に」


 叔父が亡くなった理由は確か脳梗塞だったと思う。父の兄にあたる叔父は、父と年齢が十五歳も離れていて、亡くなった時の年齢は七十代だった。叔父というよりは祖父と言っても過言ではないだろう。しかったけれど年齢を考えたら仕方がないのかもしれないという話をし、叔母と涙を流した憶えがある。


「叔父さんだって出てきて良かったって事?」


「だと思わない?」


「確かに、そうだよね。私にとってお父さんより叔父さんの方が大切だったし」


「それお義父さん聞いたら泣くよ」


「いいよあの人の事は」


 私にとって君の次に大切な人だった。叔父はおおらかでよく笑う人だった。白髪交じりで眉間にしわを寄せていた彼は一見気難しい人に見えるが、本当は子供好きでとても優しい人だった。気難しい顔を浮かべる点では父とそっくりであるが、父は中身まで気難しく冷たい人だった。幼い頃、よく君と一緒に叔父に遊んでもらった。


 叔父は君を大層気に入って、縁側の先の庭でよくチャンバラをして大人げなく君を負かせていた。君は悔しがって叔父に何度でも立ち向かっていた。私はその風景を叔母と見ながら、大人げないと叔父に野次をよく飛ばしたものだ。私と叔母の一言にショックを受けて落ち込んでいる間に君が叔父から一本取って負かす。それを見た私が君に駆け寄ってハイタッチをするというのがお決まりだった。


 それは大人になってからも続いて、私と君がこの家に遊びに来るたびに、もう勝てないというのに叔父は勝負を仕掛けてきた。それに呆れながら変わらず叔母と笑っていた。


 だから亡くなった時、君と二人で抱き合いながら大泣きした憶えがある。君も叔父が大好きで、私も叔父が大好きだった。この家で過ごす子供の頃から変わる事のない時間が終わってしまった気がした。もう二度と戻らない人を思って、叔母の前でだけは泣かずにいようと決めていたのに、葬儀が終わってこの家に戻り、お茶を出された瞬間に二人して大泣きしてしまった。


 叔母は驚いてお盆をひっくり返した。それを見て私たちが泣きながら大慌てした。叔母は泣きながら笑っていて、こんなにも思ってもらえる人生なんて幸せだったと思うよと言った。私たちはまた、目を合わせて泣いた。


「叔父さんが亡くなった時二人で大泣きしたよね。しかも叔母さんの前で」


「今それ思い出してた」


 同じ事を考えていたのだろう。君は遠い目をした。祖母の写真の隣に飾られた叔父の写真は、この世界にはない。私の精神世界は、叔父が死ぬ前の子供の頃のままで止まっているからだ。

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