「夏が終わる音がした」
戻るにあたり何故か始まってしまった君の小言を聞き流しながらバスを待つ。そういえば、昔もこうやってバスを待っている間話していたらいつの間にか小言を言われている事が多々あったなと思い出し目を伏せた。
午後三時二十分発。乗れば、全ては終わってしまう。この夏は終わりを告げ君とは一生会う事がない。それでも、自分で決めた選択に悔いはない。
私が生きている限り君は生き続けるのだ。共に消えるよりも、その未来の方がよっぽどいいに決まってる。だから、別れに悲しさはいらないはずだ。
エンジン音が聞こえ、灯台のある方面からバスが走って来る。運転手の姿は見えなかった。
「来たね」
君の声に反応して立ち上がる。忘れないように叔父の絵を握りしめた。
バスが目の前に止まった。ドアが開き、さよならの時間を知る。
君の方に身体を向けた。一度ハグをして離れ見つめ合う。別れ際はいつもこうだった。
「言い残した事はある?」
「沢山あったよ。でも伝えられた」
「僕はあるよ、棚見てね」
「了解」
「夜お腹出して寝ない事、横断歩道渡る時はちゃんと周りを見る事、一人だからってご飯食べないとかそういう事をしない事」
「お母さんじゃん」
再び始まった小言に苦笑するも、君の目を見て最後の忠告を聞き入れた。
「知ってると思うけど、僕は君が好きだよ」
「…知ってるよ」
「もうどうしようもないくらい好きだから、よるの幸せを願うけどすぐに新しい彼氏作るとかだけはやめてね。せめて半年待って」
「半年でいいんだ」
「あー、やっぱり一年。いや、でも縛るのはよくない」
「大丈夫、そんな事は起きないから」
一生涯起きないと言える確証はないが、少なくとも今は考えられない。バスの扉が再び音を立てる。早く乗れという合図に眉を下げた。
人生に別れはつきものだ。例えこの先、一生会えなくなろうとも。それを受け入れなければならない。私は前に進まなくてはならない。君はこの胸に生き続ける。だから、このさよならは悲しみをもたらすだけのものではないというのに、今にも泣いてしまいそうだった。別れの時くらいは笑っていたかったので、唇を噛み締めて必死に堪える。
「よる」
「え?」
声に反応し顔を上げれば唇に熱が宿った。それが君の唇だと気づき目を閉じた。時間にして数秒だったが、まるで永遠のように思えた。離れた唇にゆっくりと目を開ける。そこには涙を流しながらも笑っている君がいた。
「さよならだよ」
子供の頃以来見なかった君の泣き顔を見て、私の涙が雨のように落ちていく。それはずるいと言う言葉も出なくて再びその唇に口づけた。君への愛を全て込めて口づけた唇を離す。そしてバスに乗った。
「ばいばい」
その瞬間バスの扉が閉まった。私は手を振りながら一番後ろ窓際の席に腰かける。そして君に手を振り続けた。ボロボロに泣きじゃくって、嗚咽しか出なくてもお互いに目を離さず手を振り続けた。そして下手くそな笑みを浮かべた。
バスが動き始める。バス停から離れていく。走り出すバスを追いかけ君が走る。しかし少しずつ離れていく。やがて君は足を止め大声で叫んだ。その言葉が耳に届いて小さく頷き返事をした。それを遠目で見た君は満足そうに笑った。
君の姿が見えなくなった後、私はようやく前を向き座り直す。手に残された絵を開きそれを膝の上に乗せ、襲いかかる睡魔に身を任せ目を閉じた。
夏が終わった。
***
遠くから誰かが名前を呼ぶ声が聞こえた。身体の節々が痛い。瞼の重みに耐えながらも目を開ける。照明が眩しくて目がチカチカした。
声の方に顔を向ければ父と叔母がいた。安堵した表情を浮かべながらも二人の目は腫れていた。反対側を見れば君の母親の姿があった。良かったとうわ言のように何度も呟いていた。
ああ、そうか。戻ってきたのだ。痛む身体は生きている証拠だ。握りしめた左手の中ボロボロになった叔父の絵があった。それを見て私は笑った。そして口を開いた。
「夢を見たの」




