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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
人生には選ばなければならない瞬間がある。
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「想いは消えずここに残る」


 手元に残された一枚の絵は確かに私の心を動かした。失った記憶は大きく、取り戻した思い出は決して良いものばかりではなかった。幸せと不幸せはいつだって隣り合わせである。幸福な記憶が一瞬にして不幸になってしまったから、忘れたくて仕方なくて思い出に蓋をしたのだ。この部屋に鍵をかけていたのは自分自身だった。


 破れた空想の中で残された私たちは立ち尽くした。全てを思い出して絶望したが希望はまだ、この手に残されていた。

全てを思い出した上で私は考えた。叔父が最後に言った言葉である。


『でもな、お前がここに残ることを誰も望んでないことだけは覚えとけ』


 君も叔父も、現実世界に残された親しい人たちも、私が死ぬ事を望んではいないなんて、本当はずっと分かっていた。世界で一番自分を肯定していてくれた人が死んだから死にたかった。心無い言葉が全てだと思ってしまっていた。本当はずっと、そうではなかったのに。


 不意に君が破れた空想を拾い始めた。そして棚からセロハンテープを取り出して座布団の上に腰を下ろした。パズルのように紙切れを合わせながらテープを貼って一枚の絵に戻していく。しかし、その手つきは不器用なものだった。

私はテーブルランプを畳の上に降ろし、窓を背に向かい側へ座った。紙切れを合わせて元の形に戻していく。破れた空想が再び息を吹き返した。


「ごめんね」

 

 君の顔を見ずセロハンテープを切った。繋ぎ目を合わせて皴にならないよう丁寧に貼っていく。


「いいよ」


 全てに、とは言わなかった。これ以上謝ればお互いに言い合う事は避けられないと思ったからだ。もうずっと前から知っていた。ごめんと一言言えば解決出来た問題ばかりであった事。ごめんと言えば、必ずいいよと返してくれる事。分かっていたのに出来なかった。謝る事も出来ず、愛を伝える事も出来ず、さよならからずっと遠い場所まで二人で来てしまった。


 ただ、無言で絵を直していく。何も口にせず太陽が傾くまでそれは続いた。最後の一枚が元に戻った時、ふと涙が流れた。捨てたくて仕方がなかった思い出がこの手の中に戻ってきた。二度と拾うつもりもなかった。しかし、私にはずっと必要な物であった事を痛感する。だってこれは全て君と見た景色だった。君と一緒に描いた空想だった。君が生きた証だった。


 立ち上がろうと机に手を乗せるも朝から座り続けていたせいで足が痺れている。生まれたての小鹿のように足が震えて何だか面白くて笑ってしまった。君も同じように立ち上がろうとするが立ち上がれず諦めて横に転がった。何とか立ち上がって君の頭上に立つ。微笑む君の頬に涙が一つ落ちた。雫に夕焼けが映って花弁のように赤く燃えた。それが綺麗でまた花弁が落ちていく。


「ありがとう」


 全てに、とは言わない。だってもう分かってくれている。その微笑みは全てを知った上で浮かべる表情だから。冗長な言葉はいらない。どれだけ長ったらしく想いを口にしたってこの一言で解決してしまうのだ。


 君が私に手を伸ばす。私は腰を下ろして頬に添えられた手を掴んだ。力いっぱい掴んでまた君の頬に花弁を落とした。悲しみも苦しみも恋しさも愛おしさも全てが身体の中で声をあげてこの胸を苦しくさせた。それでも浮かべたのは笑みだった。


「この夏が一生続かない事、もう分かった?」


 私は頷く。ここに来た時、君と一生ここで過ごせると思った。思い出さなければいいと思っていたからだ。しかし、思い出さなくてもこの夏はもう終わっていた。


 これは私たちに与えられた四泊五日の夏休みだった。お互いの仕事の合間を縫って作った夏休みだったのだ。一日目の夜にこの町に着いて、五日目の午後に帰る。私がここに来てから、今日は四日目だった。そして四日目の夜に海上花火が開催される。私たちに残された時間は永遠ではなかった。


 時間は有限だ。君を失ってからそれを痛感したというのに、大切な事を忘れた私はその概念すら忘れていた。子供の頃無邪気に遊び回った時間は戻らない。毎週水曜日の約束が大人になって無くなったように。ただお互いがいればそれで良かったのに、環境と年月がそれを変えた。私の願いは、何も知らないまま君と一緒にいれたらいいという子供染みた願いだった。


 太陽は赤く燃え夜の帳が静かに落ちていく。立ち上がった君の背に抱き着いて何度も頷いた。気づいてしまった現実を必死に受け止めた。明日には答えを出さなくてはいけない。さよならをするか、共に消えるか。選びたくなかった。ようやく思い出したのに、現実は残酷だ。選ぶという事はどちらかを諦めるという事だ。この選択は人生で一番大きな選択だった。さよならをすれば、君と永遠に会えないだろう。世界で一番愛しい人を置いていく事になる。しかし、共に消えるなら君の生きた証は無くなって私たちはコンテンツにされ消化されるだろう。


 抱きしめた背中は確かに温かくて生きていた。例え一瞬の泡沫であろうとここに存在していた。ふと、視界の隅に目に入った叔父の絵を見て顔を上げた。君は私の手を掴んで部屋から出た。私は積み重なった空想の上に置かれた叔父の絵を見えなくなるまで眺めていた。

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