「さよならが一筋の希望を遺すまで」
ただ、君と一緒に生きられれば良かった。好きな事をして好きな人と生きていく未来が欲しかった。子供の頃から変わらず、それだけを願って描いていた。君が喜ぶから空想を描いた。叶うはずもない未来を描いた。時には君の話を描いた。あの町で過ごした夏が、一生続いていけばいいと思っていた。君が隣にいてくれるなら、それが叶うと思っていた。
しかし、破れた空想は私達に現実を教えてくれた。自分たちが思っている以上に注目される立場になっていた。心無い言葉を言われる立場になっていた。世間なんて最低だ。昨日まで称賛の声をかけていた人々は一瞬にして敵に変わる。自分を応援していてくれた人たちは、自分の幸せを応援してはくれない。しかし、死者になった瞬間態度は一変する。今まで散々言ってきた人たちは一瞬にして涙を流す。悲しんで可哀想にと言葉をかけてくる。
他人の悲劇は常に月並みだった。私も君も、皆そう思っていた。だから誰かの悲劇に食いつき君の死をコンテンツにした。私を悲劇の恋人に仕立て上げた。三年後、世間は君を忘れていた。君をよく知らない人が君を語った。残された私は何も出来なかった。世間に噛みつく事も、君をコンテンツにすることも、声を上げることすら出来なかった。最低だ。君も私も皆、最低だ。本当に欲しかったのは、有り触れた未来だったのに。
色とりどりの空想は変わらない現実を否定しているようだった。子供の頃のように純粋なままでいられたならどれだけ良かっただろうか。
風が吹いて破れた空想が部屋中に舞い上がった。それを君の肩越しに見ていた。そして、この白昼夢の真意に気付いた。
これは私が戻りたかった世界なのだ。君と共に夏を駆け、空想を描いていたあの夏の日々が、私の人生の中で一番幸せな日々だったからここにいるのだ。ここから離れたくなかったのだ。まだ何も知る前の、子供の頃に戻りたかったのだ。
不意に頭を何かで叩かれた。顔を上げれば叔父が丸めた紙を持って笑っていた。
「やるよ」
渡して来た絵は机の上に置かれていた、よるとつきのものがたりであった。
「続きはお前が描け」
そして私の頭を乱暴に撫で回した叔父は部屋の扉を開けた。
「それは、お前にしか描けない空想(未来)だ」
そして後ろ手で部屋の扉を閉めようとする。私は慌てて叔父の服の袖を掴んだ。叔父は苦笑して私の鼻を摘まんだ。
「何するの!」
「泣き顔が不細工だと思って」
「よるはブスじゃないでしょ」
「お前にはな」
気付けば君が後ろに立っていて私を擁護するものだから、何だか恥ずかしくなってブスでもいいよと言えば叔父は豪快に笑って君は叔父を叩いた。
「いいか、よる」
叔父は私の肩を掴んで微笑んだ。それは子供の頃絵を見せた時何度も浮かべた表情だった。
「確かに俺は凄い」
「え、自慢?」
「絵本作家の俺は凄い。お前がまだまだ届かないくらい凄い年季が違うからな」
唐突に始まった自慢に困惑するが、叔父は楽しそうだった。
「でもな、俺はお前が描く空想が好きだ」
「え?」
「その絵はお前にしか描けないんだ。俺も他の人間も描く事が出来ない、涼風よるにしか描けない絵がある。物語があるんだ。お前の物語は俺の真似事なんかじゃないよ」
子供の頃、叔父はいつも言っていた。その絵はお前にしか描けないのだ。その物語はお前にしか作れないのだ。だから誇りに思えと微笑んで私の頭を撫でていた。私はその言葉が聞きたくて叔父の前で絵を描いたのだ。
数年振りに聞いたその言葉は今も変わらず、私の心に入って溶け込んだ。叔父は嬉しそうに私の頬を掴んで何度か押した後、背を向けて手を振った。
「俺の役目はここで終わりだからな」
「待って!」
開いていたはずの扉が再び閉まっていく。誰の力も加えていないのに、ゆっくりと叔父の姿を消していく。
「よる、戻るか戻らないかはお前が決める事だ」
叔父は振り向かず、私はその背をただ眺めていた。
「でもな、お前がここに残る事を誰も望んでないのだけは覚えとけ」
じゃあなと言った瞬間、扉が完全に閉まった。再び開いたその先に叔父の背はなかった。開いた先にあったのは太陽が昇り陽が差し込む廊下だけだった。破れた空想はまだ、私達の足元に存在し続けていた。




