「破れた空想が永遠に叶わぬものだと知るまで」
「死んだの」
叔父は何も言わずに窓の外を眺めていた。思い出した君の最期が何度も脳内で繰り返される。冷たくなった君が私の目の前で横たわっている。絶望を具現化した姿で横たわっている。
「私が殺したの」
「そうじゃない」
「そうだよ!!」
否定する叔父の声を遮って机の上に置いてあるファイルを手に取った。
「あの時、私が外に飛び出していなければあおいは追いかけて来なかった!!事故に遭う事もなかった!死ぬ事もなかった!」
ファイリングされた絵を取り出していく。そして破き始めた。
ビリッと綺麗に真っ二つ、描かれた空想が消えていく。もう一度半分に破く。もう一度、もう一度、紙くずになるまで破き続ける。畳に紙きれが落ちていくのも気にせず再び別の絵を手に取って破き始めた。
「何してるんだやめろ」
止めに来た叔父の腕を振り払って空想を破く。
「絵だってそう、真似事だったんだよ。絵本作家になれたのも叔父さんがいたから。叔父さんの姪だったから。私自身に才能があるわけじゃなかった」
描くことが好きだった。ただそれだけだった。しかし、それは誰かの真似事であったと言われてから描く事が嫌いになった。心無い言葉が刺さって空想を描く手が止まった。言い返せるほどの力もなく、才能もなく、自分の無力さを平凡さを知った。
花火の絵を手に取って切れ目を入れる。
「あの時私が死ねばよかった」
力を入れて思いっきり破いてやろうと手を動かした時、後ろから伸ばされた手に止められ両手が動かなくなった。痕が残るのではないかと思うくらい強い力で掴んだ手の主を振り向かなくても分かっていた。
「破らないで」
頭上から聞こえた君の声に振り向く事が出来なかった。合わす顔もなかった。今振り返って何を話すべきなのか私には分からない。謝罪も愛の言葉も皮肉も虚勢も、全て違う気がした。
「お願いだから破らないで。もうやめて」
私は絵を放す。絵はゆっくりと床に落ちていった。畳の上はいつの間にか破られた空想で埋め尽くされていた。ゆっくりと腕を下ろせば君の手が私から離れていく。
「よるが悪いわけじゃない」
「私が悪い」
「僕が死んだのは僕に原因があるし、よるが絵を描かなくなったのも僕のせいで言われるようになったからだ。よるのせいじゃない」
「何で…」
私は振り返ってその身体を押した。顔を上げることも出来ず、君が数歩後ろに下がったのを確認して破られた空想を踏んだ。
「何でそうなの、何で自分のせいにするの、私がもっと凄い人間だったら言われなかった。周りの言葉なんて気にしなかった。私がもっとあおいのことを考えられていたならあんな酷い言葉言わなかった。あおいが死ぬ事もなかった!」
真っ暗な夜を照らしてくれた月は、自分自身の手で消し去ってしまった。他の誰でもない、私が君を殺したのだ。
「ずっと忘れたくて忘れられなくて現実から目を背けた」
「でも僕は思い出して欲しかった」
「私が殺したも同然なのに?」
「そうじゃないって言いたかったから」
君の手が私の頬を包み込んで強制的に上を向かされた。視線を横にずらして目を逸らそうとするも叶わずその瞳に捕まってしまう。
「子供の頃からよるが描く絵が好きだった。絵を描いている時のよるはキラキラしてて憧れと共に羨ましさを感じた。僕もそれくらいキラキラ出来る物に出会いたいって思った。好きな事をして輝いている君の隣で同じように好きなことをして輝いていたいって」
頬に触れている手は温かい。あの日握った手とは反対だ。
「だからよると暮らし始めてからは本当に嬉しかったんだ。仕事が忙しくてもすれ違っても、帰ったら好きな事をやっている大好きな君がいて、好きな事をしている僕がいる。何があっても、この幸せだけは失くしたくないと思った」
その手が震えている。瞳には一寸の曇りもないのに、身体は悲しみと戦っている。
「でも僕が思っている以上に世間は僕らに優しくなかった。皆受け入れてくれると思ったんだ。本当に僕のファンならさ、僕の幸せを願ってくれるはずだろ?でもそんな事なかった。僕を信じて応援してきてくれた人は、僕の一番大切な人を傷つけた」
震える手を包み込んだ。零れだしそうになる涙を堪えて君を見つめ続けた。
「僕はさ、ただ、好きな事をしている好きな人と一緒に幸せになりたかっただけなんだよ」
もう駄目だと思った時には既に涙が零れていた。君の手を伝って破れた空想に落ちて染み込んでいく。
「謝りたかったのは僕の方なんだ。あの時、僕の不注意でよるを誹謗中傷の嵐に晒してしまった事。傷つけた事。無理を言ってでもこの町に来ればよかった。そしたら僕も冷静になれたのに、余裕がなくて何を一番にすればいいのか間違えた。そして周りを見ずに飛び出したせいでよるを置いて行った」
君が私を抱きしめて耳元で小さくごめんと言った。その言葉を聞いた瞬間、その場にへたり込んだ。君と一緒に破れた空想の上に座り込んでただ、泣きじゃくった。子供の頃から描いていた空想は、私たちが望み手に入れる事が出来なかった未来の欠片だった。




