「世界で一番愛した人が死ぬまで」
「息してない…?」
か細い声は現実を認めたくない証拠だった。その頬に触れても温かくない。心臓の鼓動が聞こえない。目が開かない。
「何で…嘘でしょ」
乾いた笑いが零れた。
「冗談やめようよ。あおいの演技が上手な事くらい知ってるよ」
その手を握りしめた。いつもは熱いくらいの手が私よりずっと冷たい。布団を思いっきり剥がせば傷だらけでボロボロの身体が目に入った。この時でさえまだ私は現実を認めたくなくて、最近の技術は凄いなと思ったくらいだ。
「ねえ、起きてよ。帰ろうよ、謝るから」
その身体を揺すっても答えは返ってこない。
「今日ね、月が綺麗なんだよ。だから久し振りにゆっくり歩きながら帰ろうよ。周りなんて気にせずにさ、二人で帰ろうよ」
反応は返ってこない。
「あおい!!」
耐え切れず叫んだ。大きな声で叫べば、その手が頬に伸びてくると思ったから。しょうがないなあと言いながら、笑ってくれると思ったから。しかし、いくら待ってもそんな事は起きない。
後ろから足音が聞こえて肩を震わせながら振り返る。先程泣き崩れた彼の母親が看護師さんに支えられながら歩いてきた。彼女の目を見て、私はもうこの現実を受け入れなくてはいけないと気づいてしまった。
「さっきまでね、よるはどこだって、よるに謝らなくちゃ、言わなくちゃって叫んでたの。起き上がれる怪我じゃなかったのに、意識だってはっきりしてなかったのに。よるちゃんを探そうと暴れまわってうわ言のように呟いてたの」
握りしめていたスマートフォンが床に落ちた。画面を覆っていたガラスが一瞬で砕け散った。
「死んだのよ」
B級映画の有り触れた結末のようだ。くだらない。全くもってくだらない。君はそんな安物を演じるような人間じゃないでしょと笑ってやりたかったし、実際演じていた時は指をさしてからかったものだ。オスカー・ワイルドだって、他人の悲劇は、常にうんざりするほど月並みであると言っていただろう。ありがちな展開なんて望んでいない。有り触れた結末なんて面白味もない。
しかし、涙は確かに私の頬につたった。視界を歪め、喉を鳴らさせた。嗚咽を止まらなくさせた。心に何発も銃弾を食らったようだった。他人の悲劇は、常に月並みであると言った言葉が好きだった。それは自分が他人の立場ではなかったからだ。しかし、今はどうだろう。この悲劇は確かに月並みだ。有り触れている。平凡でありがち。面白味もない終わり方だ。しかし、有り触れた結末は私から一番大切なものを奪い、二度と帰らないものにさせた。
言おうと思っていた事がいくつもあったのに、何一つ言葉にする事が出来なかった。愛の言葉も、謝罪の言葉さえ口にすることが出来ないまま、ただ君の亡骸の前で涙を流した。目の前に起きてしまった現実が酷く理不尽で最悪な結末だった。
世界で一番愛した人は二十四という若さでこの世を去った。




