「他人の悲劇は月並みだと知るまで」
もう嫌だ。別れよう。泣きながら言った。君の人生に私は必要ない。誰の人生にも必要ないと泣き叫んだ。世間も君も叔父も全て、私を傷つけるだけのものに変わってしまった。一緒にいたくない、どこかに行ってとマンションの一室で言い争いをした。しかし君は嫌だと言った。
『誰が何を言おうと別れるつもりはないし、僕の人生によるは必要だ』
真剣な表情をした君が歪んだ視界の中に見える。君は言葉を続けた。
『大丈夫、ちょっと時間が経てば言われなくなる。僕らのこと認めてくれる。今は我慢しようよ』
その言葉が癇に触れた。時間ってどのくらい?認めてくれるって本当に?我慢するってあと何日?抱きしめようとするその手をすり抜けてスマートフォン片手に一銭も持たずマンションを飛び出した。夜の街を泣きながら駆け抜けてすれ違う人たちに指を差された。涼風よるが泣きながら走っているという言葉がSNSに拡散された。遂に気が狂ったとまで書かれたが、もうその全てがどうでもよかった。
いなくなってしまいたかった。この世から、消え去りたかった。君も世間にも見つからない場所に行ってしまいたい。鳴り響く着信を無視して東京を走り続けた。走って走って心臓が苦しくなってスクランブル交差点の前、下を向いて信号が変わるのを待った。スマートフォンの着信履歴は君ばかりだった。明るくなった画面を見て、私は自分が数時間も外を出歩いていた事に気付き冷静になった。最低だ。完全に八つ当たりだ。一度、あの町まで行って療養してきた方がいいのかもしれない。ようやく冷静になってきた私は君の事を考えた。
自分から勝手に出て行って追いかけてほしいなんて都合が良過ぎた。月明かりが視界に入って君を思い出し、冷静になって謝ろうと思い視線をそらした瞬間、再びスマートフォンが震えた。着信は君ではなく君の母からだった。私はため息を吐きながら電話に出る。その時だった。変わった信号の先、写されたディスプレイの映像に気付いてしまったのは。
『よるちゃん!!今どこにいるの!?あおいが、あおいが!!』
それは一瞬の出来事で。歩行者用信号機が赤から青に変わり私の横をすり抜けて人が歩いて行った。私はただ、その場で立ち尽くした。聞こえる声、映し出された映像、全てがスローモーションだった。私はただ、流れるテロップを目で追った。
『人気俳優、月代あおいが都内某所で事故に遭う』
「え…?」
『よるちゃん!』
その声に現実に引き戻される。手短に病院の名を告げられた瞬間、私は走り出していた。有り得ない。嘘だ。これは現実ではない。信じるものか。首を横に振りながら月明かりに照らされた夜道を走った。
さっきのは嘘なんだよ。ごめんなさい。君は悪くない、悪いのは私だって。だから、仲直りをしよう。傷つけてしまってごめんなさい。我慢出来なくてごめんなさい。聞き分けが悪くてごめんなさい。うまくいかないのを君のせいにし逃げだしてごめんなさい。きっといつもみたいに笑って許してくれるだろう?
だから、お願いだから。
走って走って駆け込んだ病院。廊下を走る姿を見た看護師の制止も聞かないまま、一心不乱に君を探した。そして視線の先に君の母親を見つけた。彼女は私を見て名前を呼んだ。そして泣き崩れた。
「やよいさん?」
私は彼女の名前を呼んでしゃがみ込んだ。彼女はあっちと部屋の先を指差した。
「行ってあげて」
立ち上がりその部屋の戸を思い切り開けた。そこにはベッドの上で眠っている君がいて、何だ、大丈夫だったと思った。一言文句を言ってやろうと近づくが、そこで違和感に気付いてしまった。
胸が上下していない。鼻から空気が出ない。顔の色が悪い。




