「君と私が終わるまで」
叔父の死因は心筋梗塞だった。この部屋で籠り仕事をしていた叔父の生活習慣は決して良いとは言えず、いつ死んでもおかしくないと言わんばかりの生活だった。それに心配していたが自分自身も同じような所があるのであまり強くは言えなかった。叔父が死んだ時、あの時強く言っていればと後悔した。しかし、人の命は儚いものである。叔父はこの仕事が好きで好きで堪らなかった。だからこそ、描き続けた。ある意味叔父らしい死に方だと納得出来てしまった私がいた。
叔父が死んでからより一層、私は空想を描くことにのめり込んだ。叔父の名を傷つけたくなかったからだ。
しかし、私の努力とは裏腹に世間ではこんな言葉が目立ち始めた。
『涼風よるの作品は叔父のパクリ』
最初は気にしないでいた。全ての人が受け入れてくれるとは最初から考えていなかった。皆が皆、自分の作品を好いてくれれば嬉しいが、そんなことは有り得ない。このような意見が出てきても仕方がないと思っていた。しかし、それはどんどん大きくなり私を攻撃するようになった。新しい作品を出せばバッシングを受け、作風を変えれば逃げたと指を差された。そして極め付きに言われた言葉は私を酷く傷つけた。
『姪のせいで叔父は死んだ』
何をしても裏目に出た。その時、君とのスキャンダルが世に出回った。
私の作品を好きだと言ってくれた人たちは一瞬にして消え去った。ファンレターもインターネットも私へのバッシングだらけになった。ただでさえ、叔父のことで否定的な意見を言われ擦り減っていた私の心は、君とのスキャンダルによりポッキリと折れてしまった。
何も知らない人たちが否定的な意見を述べていく。テレビの中でコメンテーターたちは私の作品に文句を言い続けた。大した実力もないくせに、売名行為だ、月代あおいは騙されている。沢山の言葉が飛び交った。君のファンからは脅され馬鹿にされ、私の本がビリビリに破られた動画が急上昇ワードに上がるほどに嫌われた。
私は描くのを辞めた。部屋にあった色鉛筆を全て折ってゴミ箱に捨てた。スケッチブックも思い出の絵も描くことに関わった全てを燃やし尽くした。そして、君を否定した。
『自分の仕事は?』
君がこちらに来て問うた言葉だ。絵本作家だった。学生の頃にデビューして以来、それで食べていけるくらいには稼げていた。
『初めて会った時の事憶えてる?』
思い出した。私はスケッチブックを持って描き続けていた。それを見た君は色々な所に行って色んな景色を見ようと私を引っ張り出した。
『僕が死んだ理由は?』
三年前のことを思い出す。忘れたくて仕方なかった、君が死んだ日の事だ。お互いの立場を考えて、隣にいるのが嫌になった。その時の私は叔父の事、君とのスキャンダルのせいで精神が参っていた。ただ好きだっただけなのに、世間は私の言葉すら聞いてくれなかった。参っている私と同じくらい、君は深く傷ついていた。それでも私のことを第一に考えてくれていたけれど、おかしくなってしまったのは事実だ。
この関係が崩れ始めた夏の始まりから君が死んだ晩夏の夜まで。私たちはすれ違い続けた。余裕がなかったのだ。私は部屋に籠るようになり君を避け続けた。君は私を庇い続けたが逆に多くの人からバッシングに遭い精神を擦り減らしていった。
不安になりうまくいかない毎日も相まって君に当たった。否定し続けた。そのうち、全てに自信が無くなって君が自分のことを好きでいてくれるのかも分からなくなった。このままではいけないと冷静になって、二人で休暇を取ろうと君が言い出した。毎年夏に四日間ほど休みを貰って君の生まれ育った町に帰っていた。今回は長めに貰ってちょっと頭を冷やそうと提案した君に私は頷いた。どれだけ周りに言われようとも、君は私から離れようとはしなかった。
しかし、それも上手くはいかなかった。予定していた夏休みは君の仕事で全て消え去った。いつもなら仕方がないと言い納得する私だったが、その時の私はもう心が壊れていた。弁明する君に泣きじゃくりながら伸ばしてくる手を払った。その言葉の全てが言い訳に聞こえてしまった。君が好きだった。君の一番でありたかった。その時も一番であったくせに、信じられなくなった。こんな状態でもう、誰のことを信じられようか?一番近くで愛をくれた人を拒絶した。




